『エアベンダー』
『翼のない天使』の真理を探求する子供やシャマランのテクストにおける感受性が強く勘が鋭い子供たちの照合において、この作品の主人公はシャマランのテーマには適している。自然の調和もまた彼のテーマであり、作品が適している。ダライラマ・ミーツ・ロードオブザリングである(だからアンドリュー・レスニーは呼ばれたのだろうか)。いつものスローな流れと違ってテンポある流れである。パチーノやデニーロのアクトのように相手の反応を感じながら立つ姿勢ではなく、ショット内で学芸発表会のステージでのただ棒立ちのように立ってる子供たち、いかにも子供向けのニッケルオデオンらしくてよかった。酷評はともかくテンポもよいし、子供が親と一緒に観賞できる映画としてよくできている。シャマランと組むときいかにもなバーナードハーマン節を奏でるニュートン・ハワード、今回の音楽もティオムキン、スタイナーはたまたロージャ的ないかにもなハリウッド音楽、琴線に触れさせる。次があるぞという終わり方なのに続編はいまだない。興行成績はそれなりにあったのだから酷評を気にせずつくってもらいたいのだが、ただの洒落と思っていたゴールデンラズベリー賞もさすがに最優秀ワースト作品賞を獲得してしまってしまえば、もはや無理なのだろう。ラジーはそれほど権威がある賞なのである。
『ノア 約束の舟』
この作品もまたラジー賞数部門ノミネートという栄誉がある。今回がこれまで観たなかで一番感動的であった。チンタラする流れは相変わらず感じられたけれど、感情のもつれあい、葛藤、和解、受け入れること、許すこと、とそこらのエモーションは今回は強く惹きつけられる。アロノフスキーらしい、ノアの常に試練の連続の人生、世界という謎、神という謎と対峙する。殺しと生命の蠢きがコマ抜きファーストモーションに表される。憎しみが生む出すもの、愛し合うことと確執、潤いと枯れがモーションされる。失楽園となった世界において、思考/志向されなければならないもの、それは全体愛、愛に包むことである。許すことと愛を与えること。イブを唆す蛇の抜け殻を備え続ける。罪は誘惑、傲慢、物欲、殺戮、嫉妬、怒りとして表される。そしてイヴを許すことが双子の姉妹の救済につながる。大地を受け入れ、愛を与える。罪を受け入れ、他者を許すのである。
『ハプニング』
アロノフスキー同様、シャマランのも近作以外はだいたい観ているけれど、これは未見であった。母と観ているのもあってずっと日本語音声で観ていたのだけど、これは英語で観るが、そこで気が付くも、出だしの人物たちの穏やかな口調での会話、シャマランの作品って人物たちって確かこうした感じでの喋りではなかったかな、となる。劇場がまるで教会のようになり、そこに集まった人々のおごそかにして静かなトーンでの語り合いのようである。先輩格のヒッチコックやスピルバーグほど人間ドラマとして掘り下げはないけれど、この作品でのシャマラン、夫婦間の問題を表している。選民思想もちらほら思わせる脱出旅の形式において、夫婦は互いに懺悔して罪を告白する。ところで、さつまいもは敵が近づくと有害性あるガスを発し威嚇し、それだけならず仲間に敵の存在を教え、他のさつまいももガスを出すらしい。植物だって意思がある。この作品はディズニーのようにキャラ建てして植物を表さないけれど、生き物としての意思を表しめる。風によって運ばれる植物たちの自己明示。ヒッチコックの「鳥」になぞれば、この作品は「風」である。風が人々を襲う。ヒッチコックの漠然とした不条理に比すれば、シャマランにおいては彼のテクストから窺い知ることができるように、風にのってやってくる恐怖には、神様のお怒りじゃ〜〜〜とシャマランの声が運ばれてくるもの表されている。この作品のR指定は、14、5歳の少年たちが殺されることからあったと思われるけれど、こうした出来事はあり得ることであり、ハリウッドは避けたいことであっても現実味を表現できている。
『アフター・アース』
環境破壊もシャマランらしくテーマとして表される。愛憎半ばとする対象、地球。この作品の大きなテーマは恐怖の克服であるが、ブラックアメリカンの運動家の雄弁な響きにも感じる。そしてそれは、普遍性あるものとして、愛憎半ばにある地球に向けてのメッセージとしてもあるのだろう。未来があると思うから恐怖を感じる、とあるが、未来を感じなくとも恐怖を感じる瞬間は幾度もあると思うが、ここで言う未来を感じることとは進歩主義批判として表されているものなのだろう。偉大なるリーダーもミスをする。しかし、し放題のウィル・スミスである。それでも、道徳性がある世界がその父性的存在のもと表される。徳を積む世界が表される。シャマランらしく、死との対峙が主人公を覚醒させる。彼は外に出ることができる。シャマランらしく、ヒトでは知れない感覚が表される。主人公が引きずられる。なにが彼を引きずってるのか分からない。彼はその何かによって身を隠してもらえる。その何かであるタカかワシか、大きな鳥が命が途切れ横たわっている。お礼に助けたのかもしれないし、ただの習性かもしれない。シャマランは自然の本質、その本能の表し方がうまい。
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