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2020年06月10日22:05

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アロノフスキーシャマラン5


           オールナイト☆すっぽん

さー、シャマランとアロノフスキーの映画術を学ぼう。僕は寝るから後で誰か教えて。








周りがインテリジェントデザイン信奉者ばかりだと話なんかしたりしたら、その環境によって、そうかも、と思うかもしれないけど、神ではないけど、知性ある何かが世界をデザインした、とか言われても、んなわけないやろ、と思ってしまっても、では何故そうではないと言い切れるのか、と言われたりしたら困ってしまい、簡単に論破されそうだけど、どちらにしても、ウィキとかそういったレヴェルのしか読まないのだけれど、インテリジェントデザインのを読んでると、んなわけないやろ、と思いながらも、ロマンがあるなと思ってしまう。なんか小説を読んでいる感覚でおもしろい。スコセッシとリンチに傾倒していたときも、手掛かりにインテリジェントデザインに関心をもったけど、シャマランとアロノフスキーに傾倒するときもなにかインテリジェントデザインの影響下のアメリカを考えてしまう。







あるないかは別にして、ロゴス、というか、考えという点、その思考性は、信じないアメリカ人も含めてその社会におけるもの、土着性に深くは関与している、という、そういうところがロマンとして思えるのである。



シャマランもアロノフスキーも神の警告を描いているのか。彼らは使徒なのだろう。黙示録をおもしろおかしくスペクタクルに見えてるようみせるアキンドではなく、きっと真剣に制作しているのだろう。それが幻聴か思い込みか、ほんとに神の声を聴いたのか分からないが、私は神の声を聴きました、だからこの作品を創ったのです、とは言わないだろう。フェリーニが言えば、イタリアン大衆的に、そうなんだと許されるだろうが、アメリカンの現代っ子である彼らが公の場でそんなこと言ったら、もはやキャリアの終わりである。神、と言わないまでも、知性あるなにかは、神の存在をにわかに信じがたいフツーの一般人である私からしたら、人間のミームの生み出す心の声であり、うん千年前も倫理は似たようなものであり(倫理は時代によって変わるとはいえ)、予言していた、というよりは、当時の誰かがまわりの人間たちを見ていたら感触的に察知できていた数々のことを、感覚を受け継いできた現代がいま状況を見据え警告しているのかな、と感じる(ひとつの宗教を超えて人間一般における普遍的なことを描いていると言ってる彼らであるが、聖書が出発点であるのはどう考えても明白のように思える彼らの作品ではある)。



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