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2020年06月04日22:15

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パリ、恋人たちの影  アメリカ、家族のいる風景



『パリ、恋人たちの影』『アメリカ、家族のいる風景』
画家になるか映画を撮るかを考えたガレル、でもそれは出来上がった作品としての絵でも映画でもなく、作者と彼が描く対象との関係性、つまり男から志向する女が絵にも映画にも在ることで、それを望んだ、とあるが、ガレルはそれを行っている作家としてカラックスに賞賛をおくっているとのこと、そうかとなる。おもしろかった。短い作品であったからか、ガレルがいつも描くような、男の身勝手さが、まったく身勝手だな〜とまでは思わせないので重く感じられなかった。心の声、というかナレーションがあり、自身がやってることに反省するといった意味での反省が男性主人公に表されたりもしたからだろうか、身勝手さが今作では緩和されている。ジャン=ルイ・オーベールの音楽が明るさを与えているからか、そして70分というコンパクトな尺に合わせて成り立つ作品のリズムからか、ちょっとロメールみたいな軽やかさが感じられる作品である。ラストの葬式で明かされることが嘘も方便って感じで全体に繋がるところも感じ、その説話的なとこもなにかロメールっぽい。でも、ロメールのような偶然ではなく必然であり、ロメールのようなファンタジーではないリアリティがガレルらしく表される。『ギターはもう聞こえない』がガレルでは好きな作品であるが、ヴェンダースに関してはほとんど寝てしまううえに何いつこの作品は終わるんやろうといつも苦痛を感じさせてくれ好きな作品がないって感じだけれど、『アメリカ、家族のいる風景』を観る。おもしろかった。かつて観たときは確か眠いうえに苦痛であったな。アメリカの夢を体現表現するのにはうってつけのサム・シェパード。ハリウッド映画という夢から逃げ出すが、彼が向かう先は彼がかつて逃げ出した家族という場所。アメリカ市場も相手にしているからか、分かりやすい構造。それに、家族ドラマとしてもアメリカ的である。ここに描かれるモンタナのビュートという町、行ってみたくなる。なにかホッパーの絵を思い出させてくれる。この作品、血のつながり、曖昧なもの幻影、とシェパードらしいセンスが表される。マメットに比すれば彼の作品はほとんど映像化不可能な感じだけれど、この作品では脚本もやっているのか、映画用に具象化しやすいものが表されているのか、となり、後で気が付いたけど『パリ、テキサス』って、そうそうシェパードだったんだ、と思い出す。観てるとなにか山田洋二や降籏康夫みたいなところも感じ、ギンギンにキンスキーな野性味とロマンティシズムなヘルツォークに比すれば、広い層での受容のされ方、ヴェンダースのソフトな繊細さ優しさは現代日本人のDNA的には受け入れやすいのかな、となる。



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