『シャレード』のイメージが強いから、ヘップバーンとドーネンの『いつも2人で』をかつて期待して観ると、エンタメってよりアート映画にスノビッシュに感じて、ほとんど冒頭で観るのやめたことあったけれど、まわりでは評判がいいので久しぶりに観てみると、ドゥルーズが言うところの時間イマージュを分かり易く表しているような風情に、スタンリードーネンってとっても器用な方なのだと印象を持つ形となる。これってシネスコ70ミリなのかな。ロージ―の『召使』もこのころの作品なのかな。こうしたモンタージュが流行っていたのかな。スクリーンで観たい作品である。ドーネンと同年代で、ロマンティックコメディと言えば、ブレークエドワーズだけれど、このヒトはアクターの味と、空間を活かすヒトなのだ、と、例えばピンクパンサーのピーターセラーズのスラップスティックなど考えると、そう思えてくる。『いつも2人で』、ドーネンのイメージがないように思えて観ていたけれど、ヘップバーンのオチャラケな動きや物まね、やはりドーネンの演出という感じは持ってくる。
ブレーク・エドワーズ『ペティコート作戦』
潜水艦の空間を活かした演出、おもしろい。
スタンリー・ドーネン『無分別』
ケーリー・グラントはロマンティックコメディでは珍しくないけれど、イングリッド・バーグマンがこうしたもの出るのは、なんだか珍しく思える。
ブレーク・エドワーズ『ビクター/ビクトリア』
純粋なイメージの奥方ジュリー・アンドリュースがヌードになった『S.O.B.』は驚いたけれど、奥方の取りつかれたイメージの払しょくをこの作品でもやってるように思えるし、ジュリー・アンドリュースがブレーク・エドワーズのスラップスティックのハチャメチャを更に増幅させているようにも思える。ドーネンは『星の王子さま』でフォッシーを起用したけれど、エドワーズはここでフォッシースタイルをジュリーに取り入れている。
スタンリー・ドーネン『パリの恋人』
50年代までのドーネンはやはりミュージカルのイメージが強い。『マイ・フェア・レディ』ではヘップバーン、吹き替えだったけれど、この作品では生歌の驚きのオードリーである。モンマルトンの喧噪と実存がよいアトモスフィアである。
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