mixiユーザー(id:2566286)

2016年06月22日12:37

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女の園


  『女の園』、よかった♫ ほんの数年前に観たけれど、エンディングを忘れていた。高峰秀子の恋煩いによる神経衰弱は西野カナを愛聴する女性よりもさらにオモい感じがしてしまい、その想いは美しかれど、岸恵子と久我美子がモダンで、高峰秀子が古いタイプを表象しているのか、などと思いながら観ていた。けれど、古い日本への憧憬では、さにあらず。戦争が生んだ時代における、極限的状況が表わされているのである。それは高峰秀子だけではなく、美枝子にも久我にも岸にも現代という時代のシェーマが表わされる。
  と、そうした表象性やパラダイム的なことばかりいってもしょうがないのであり、個人としての人物像をとらえるとき、高峰秀子に表わされる、どこにも逃げ道をつくることができない女性は、ある意味、日本的なタイプ、そうした典型が表わされているのかとも感じる。或いは、それが女性性というものなのだろうか。姫路城から白いハンカチを振るシーン、よかった。闘争や民主主義、自由とアタマデッカチになりかねないものを、ちゃんと娯楽作品として見せる手腕、当然であるが、木下恵介さすがである。

  勅使河原宏や松本俊夫のテクストをみるとき、勅使河原/安部のテクストが文学的カフカあるいは悲喜劇的不条理を感じる(勅使河原/赤瀬川は一方で、ポップアート的に軽やかでありながら足取り重い)とき、その一方で、松本が表わすものにはリアリティからつながる「極限的状況」が表わされているように感じる。高峰秀子はギリギリとよく口にしていたが、松本が若い時代に感じてきたものがここにある部分あったのかなと思った。そしてそれは、時代性と片付けられるものではなく、今の時代- この20年の間 –の感覚の底にあるものが、いや、しらけて70年代からもスキゾキッズの80年代からもずっとあり続けるなにかがずっとゾッとするように存在し続けているのかと思える。


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