総体として訪れながらも、その身体に現されるのは、理にかなうものの模索。意味を模索する合理性、その身体があらわされる。神から離れてもまだ神に固執をせざるえない、そうした人間性という名のもとにあるモノたち。様々な色を見据えながらも、やがて、そこから抜け、素を還すのではない。
人間は身体の回復を願いながら、超越を模索する。芸術の歴史に浸された身体は、歴史を問うのである。人が生きているこの時間を模索することにより、色から形へ、そして形すらなくなり音であり、動きそのものというものへと帰結する。未来は必ず訪れている。理性はいつも常に、身体が応えているのである。

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