めも
★『もらとりあむタマ子』(山下敦弘;2013)
*偶然をストーリーテリングする矢口に対し、山下は映像的に偶然を汲み取ろうとする。
*今回のテクストで気付いたのは、山下がいつも表わすものは、自分探し系なのではなく無意識に飄々系である。無意識に飄々系は、90年代以降の自分探し系よりも更にさらなる発展系なのである。政治とは何かを知るなぞ言わずもがな、自分探しすらも出来ないくらいに内面化したいかなるあらゆるモノ々々、そんな自分は物々しい外界からはずれて自分に籠るのである。そんな現代っ子を描いたテクストである。
*素材と操作。映像的に偶然を汲み取ろうとする山下において、「素材と操作」は重要なポイント。
・ 言ってる言葉と表情のギャップは演出によるものだけれど、前田という素材は操作のなかにオモシロみ表わされつつ、その演出によって起こるものとは別の相反もまたそこに生まれる。それがなんなのかは言葉にできないけれど、それは確かに魅了させるものである。
・ 「少なくとも今ではない」と言い切るときの前田の形相、ホンキだった。
・ 父親に「出て行け」と言われ悲惨な顔をしながら「合格」と言う前田。
*ナチュラルに消滅する流れ、オモシロかった。
*エンドクレジットの後の撮影中に居眠りしている前田のショットを見て思ったんだけれど、このテクストって78分の短さなんだけれど、これってAKB的にオタクってた前田の旅立ち的なアイドル・イメージ・ビデオなものもあるのかな。
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