スコセッシとリンチは神と契約する物質社会には合目的性がないことを露呈してみせる。我々は非在のマテリアルを視て聴くのである。アメリカン・ドリームを求めるでなく、梵我一如、慈愛に“向かう”。反抗は亜米利加という物質社会における狂気だ。狂気が物質社会それ自体に、そこで生きる主人公が陥る分裂症の形態に、そして主人公のNATURE- 本性と自然 -そのものとしての形象に表される。狂気は本質的な物質性をあらわす。本当のアメリカン・ドリームがそこに在る。
Olympia Manet
The Origin of the World Courbet
ログインしてコメントを確認・投稿する