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2024年04月26日12:22

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デューン 砂の惑星 PART2


デューン 砂の惑星 PART2おもしろかった。ドゥニヴィルヌーヴが砂の惑星の本作からの続編制作にサインをしたニュース読んだとき成功に乗じてなんともまー、といやらしさを感じたものの、本作観ると、そりゃそうだよな、となる。まだ終わっていないもの。絵的にもセンス的にもドゥニ、メッセージや灼熱の魂から察せられる集大成的なものを本作(と、たぶん、これに続く次作)に見るが、欲やエモーションを越えたところに何があるかがあるかのような、なくなくなくなくなーい?である。デヴィッドリンチのデューンがエイティーズらしい、煌めくもダークもある雰囲気の、セレブもセフレもゴージャスに踊りまくる深夜0時過ぎから朝方3時にかけてのクラブかのようであるが、本作は技術的進歩があるがゆえに生まれるのもあろうが、不安がリアルに押し寄せる今世紀ならではなモノホンのリアルがあり煌めくエイティーズとは感覚がまるで違う。不安と求める救済、まさにジャストナウである。スコセッシのヒトがいかにワルになるかのシームを取り入れたような(それと、ゴッドファーザーにおけるマイケル三部作からもインフルエンスあるだろう)スターウォーズのファントムメナスから始まる三部作はじまるは1999年、まさに今世紀に突入する時、それ以来、きらびやかにエンタメしているエイティーズとナインティーズの感覚は消え去り不安が畳みかける今世紀到来だだと思われる。だからメシアが必要なのか、時代が呼ぶ本作か。砂漠を舞台は、ホドロフスキーとパゾリーニにも匹敵するスピリチュアル性、されど選ばれし者はあまりにもハリウッド、ホドロフスキーとパゾリーニのヒトは如何に運命と対峙せざるえないか、という集団的な普遍性とは乖離的である。とはいえ、ゼンデイヤが懐疑的に見つめる主人公に表される狂気はホドロフスキーとパゾリーニそしてヘルツォークにも有るようなヒトの潜在。次回作はアナキンスカイウォーカーのようにメロウに狂気過ぎず、まさに堂々としたメシアぶりがゼンデイヤの懐疑心を吹っ飛ばすぐらいの解放を与えるのではないか、と、ココロ明朗に期待する。としたらフツーのハリウッドになっちまうこと回避できないが。





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