日曜美術館で世紀末のウィーン藝術やってたんで観たんだけれど、クリムトとマーラーってお友達だったんだ、と知って、なんだかケンラッセルのマーラーを観たくなり、でもって、クリムトを描いた作品ってなにがあるんだろう、って調べると、マルコヴィッチが主演してるのあったので、クリムトとマーラーをレンタルする。クリムトは彼の死の間際に見る走馬灯のような構成で、綺麗な絵画を見せられているような作品。張りぼてなセットでの幻影なリアルはアランルドルフな感じ、物語の軸の移行の仕方は幻想な構成、クローネンバーグのようで、こういったセンスはよくある感じで、驚きのモメントはなかったけれど、マルコヴィッチのクリムトはよかった。小学生か中学生で観たマーラー、こうしたものに当時は慣れていなかったからさっぱりだったけれど、今回はおもしろかった。ぶっとんでる展開、やはりケンラッセルである。このヒトとヴィスコンティを退廃的なエロス描く作家として二大巨頭に思えているのだけれど、同じマーラーを描いた『ベニスに死す』のオマージュみたいなのが出てきてやはりラッセルはヴィスコンティに関心あるのかな、となる、クリムトやシーレの前の時代との分離する作風は分かっても、マーラーが前時代と比してどれぐらい斬新なのかはラマーがどれだけジェイジーより新しいかを分からないぐらい、クラシックに造詣がない僕だから分からないが、それでも、ラッセルの表現によりブットビ惹きつけられる。マーラー聴いていこう。
シーレはタナトスなナルシストというイメージであったが、ゴッホと比較した絵を日曜美術館で見せられ、ナン・ゴールディンってシーレなんだな、と感じた。
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