『サブウェイ123 激突』
マスキュリンばかりがモテるのはブロンソンからチャックノリスまでの発展からシュワちゃんでさらに羽ばたき、現在のアクション☆スターたちに最前線する。マッチョにしてスマート、しかしながら誰しもがライザップできる余裕も時間もない。それがほとんど一般のことだろうし、デンゼルワシントンのモッチリ具合、とてもオーディナリーマン的に納得できる。普通のヒトがここではヒーローになる。そして、悪役や弱い性格の人も含めてワシントンはどんな役を演じても気品をもたせることを忘れない。人間への尊厳を彼は常に表している。しかしながらトニースコット、ただのヒューマン・ドラマに終わらせるわけではない。サブウェイ・パニックが表される(と同時に、人間ドラマもその地下鉄車両内に若干ながら表される)。YO! オーディナリーメ〜ン!であっても銃をもってヒーローするのがアクション映画のテッパン鉄則。鉄則通りに、自動車が衝突にあい飛び上がりムーンサルトするとき、テッパン通りに、デンゼルは悪人を追うため他人のクルマを止め略奪し走り去る。なんてこった、であるが、それがアクション映画であるのだからしょうがない。投資によって跳ね上がるこの資本社会をトラヴォルタは、投資によって成り立つことを詳しく知る市長を通して警告する。主人公たちが表すメッセージ、ワシントンが追う先にあるものはそのことである。アクションが続き凹凸もメリハリもなくなりフラットになっているのだが、その表面の深層にはそれが確実に在ること、ワシントンとトラヴォルタとのラストのやり取り、それからラストでの市長とのやりとりによってもトニースコット、ディープに届ける。
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