誰一人の人生も否定されるものではない。対象を主体化しても、他者や他物は痕跡として顕となるものであるがゆえ、映像というもの、それが楽しきものであり、それと同時に、厄介なものでもあるが、ここに表される痕跡は決して押し付けがましいものではないもの、それがナチュラルなものとしてあった。強迫観念から始まり、夢から覚め上半身を起こし、そして炊きたてのお米の匂い、日常へと入っていく。そうした主体のハナシであると同時に、群像劇としても、とりとめのない日常とともにトラウマとなっている日常が潜み表される。主人公はやがて、非日常を表象する東京にもまた、生があること、受け入れ、そして自らの日常にも気付いていく。求めることをしなくなったヒトが求めることを再び見出す、というよりは、人生を気付くということが、タイトルにも表されている。『彼女の人生は間違いじゃない』面白かった。
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