ちょっと是枝裕和と行定勲、気になる。なぜならば、今後は日本アカデミー賞の作品賞や俳優賞、そんなエトセトラ、隔年おきにふたりが貰っていきそうな勢いだからである。『幻の光』や『贅沢な骨』や『GO』は印象に残るけれど、こないだ観た『そして父になる』や『三度目の殺人』、かつて観たセカチュー、おもしろかったものの、なんだーこれはッ!?的なものはなくフツーでしかなかったけれど、日本アカデミー賞受賞作品や歴史はほとんど興味ないし知らないし大手映画会社が回しあってると聴いても、やはり邦画の商業映画のある方向性を日本アカデミー賞はつくっている状況だろうし、また、状況は大手会社の恣意的な方向付けばかりだとも言えないだろうし、「映画芸術」誌は是枝と行定をかつてはもてはやしていたけれど今は完全に否定しているのだろうけれど、やはり是枝と行定の作品がビッグネームをキャストしながらも邦画界のマーケットを牽引しているとこあるのだろうと思えるのである。
行定勲が岡崎京子の『リバース・エッジ』をつくったってことで関心がかなり向いたし、当時は全く関心がなく現代の「北の国から」ぐらいにしか思っていなかった是枝裕和の『ゴーイング マイ ホーム』にも関心が向く。そこには、邦画にあらわされる現代日本が見て取れるようにも、或いは現代邦画の傾向が垣間見れるようにも思えてくるのである。私的には、描かれているものピンとも来ず、寧ろサッパリこちら側には触れてこなかったけれど、きっとたぶん、私的には、あまりにも日本的なところ、なんでそんなに悩むの?と主人公たちに尋ねたいぐらいのところあったり、彼らの作品には、私的に理解できない現代日本の傾向が表されているように思える、も、それだからこそ関心が向くのかもしれない。
網羅していないけれど、これまで観た作品等で思える彼らの特徴は、
◎是枝裕和
☆そこはかとなく距離があり疑似ながらもマコトある関係、でさえものなかに生れるもの
☆一貫して疑似家族的な集団性に在る絆めいたものが表される。ただし、絆とは言っても、そこはかとなく距離があるものである。初期の方ではタラレバの反省、顧みるということ表され、その後、そうした顧みることは表され続けても、未来への前向きな希望に目が向けられているようになっているのではないか。
◎行定勲
☆我儘なる孤高と繋がり尚且つそれを信じていたいという粘着のタナトス
☆関係性というしがらみのなか、主人公は一生懸命生きている。その一生懸命感が切実なるものとして表される。
Amazonのレヴューみると、多くのヒトがふたりの作品に感動しているようだが、私的にはいまひとつピンとこない。だから観たいのかも。
これがふたりの結婚のキッカケになったのか、と感慨深く予告編を観ていたけれど、よくよく考えれば、互いにパートナーが違った。
ご主人の我儘ぶり、玉置を連想してしまう。
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