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2018年03月08日21:10

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さらば、わが愛/覇王別姫


『さらば、わが愛/覇王別姫』
  観る前に特典映像のレスリー・チャンのインタビューをみたら、彼が演じる程蝶衣は悲劇の連続だと言っていたけれど、確かにこれでもか、と言わんばかりにそうである。しかし、かつて観たときの記憶として残像するものは艶やかな風味。悲劇の連続、なのだけれど、この『さらば、わが愛/覇王別姫』は華やかで艶やかなのである。
  主人公3人の三角関係に起こることをみれば、上っ面というか、表層的にメロドラマなのであるが、しかしながら色彩および画面構成、コンポジション、ミラクルにマジカルなのである。『グリーン・デスティニー』のワイヤーアクションは、人物たちがまるでワイヤーに吊るされそれを後処理されたこと伝わってしまう今さらながらの古さを感じてしまうが、この作品のステディカムのショット、使い古されたものなく、ショットそのコマコマにあるもの、とても斬新なものとして現前しまくる。また、カメラ目線にならず正面を向くショットの多用、これもまた絵としてオモシロいし、作品にリズムを生む。悲劇の歴史がリズムをもって表される。エスタブリッシュ・シークエンスに言われる四人組、90年代の中国において彼らはヴァーチャル・エナミ―されるが、彼らもまた歴史の一コマであるにすぎない。主人公3人もまたそうであるように。
  覇王を演じる段小楼は優しく、お調子者で、卑怯で、人間味をとてつもなく発揮する。しかし、程蝶衣は彼/彼女の生涯に沿って現実/虚構を一緒くたにして生きている。コン・リーの一貫した人間的強さに比し、レスリー・チャン表すものは不安定というよりは整合性のなさ、これは演出力の欠如なのかチェン・カイコーのイロなのかが分からないが、この作品の魅力となるものである。程蝶衣の現実とフィクションの紙一重、ツルギのひと斬りの緊張感と大らかさが艶やかな色に溶け合い、歴史という戦いと主人公3人は向かい合う。彼らは運命に翻弄されるというよりは、歴史という場所、四面楚歌に戦っている。程蝶衣が自身に向ける刃は、虞美人と同じように戦っている証となる。



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