mixiユーザー(id:2566286)

2017年10月06日23:32

126 view

ムーラン・ルージュ



PTAにトッドソロンズ、それにバズラーマン、まずはラブストーリー、というかメロドラマというか、そんなのから。パンチドランクラブに、エデンより彼方に、そしてムーランルージュ。

『ムーラン・ルージュ』
  かつて観たときはたしか寝た。なんの変哲もないストレートなラブストーリーだったからだろうか、或いは、これは憶えているけれど、繰り返されるコマ抜きのスローモーションがなにかテレビの再現映像のように陳腐にみえたこと、そんなことだったからだと思う。そんなこともありだが、先日観た今回はそのストラクチャー、バズラーマンのそれを考察するため真剣に観る。もう少し落ち着いて観たいと思わせるような矢継ぎ早に変わるショット、グリッドの嵐!登場人物はこちらオーディエンスの方を見つめ、まるで、いちこえ、にふり、さんすがたのように仰々しく語りかける。疲れるけど見続ける。しかし、この作品がなかったら、その後のシカゴやレミゼへと続く現代ミュージカル映画はなかったのだろうという勢いのよさ、である。今はこんなショットの繋げはしないだろうと、MTVジェネレーションのシネマと切って捨てることができる感じだけれど、革新性あるように思えるミュージカルではあるように思える。それにしてもラーマン、ロミオプラスジュリエットはもうどんなものだったか忘れてしまったけれど、華麗なるギャツビーとこれを考えれば、秘めたるラブが昇天するものを見つめさせるストラクチャー、上手いなと唸ってしまう。ニコールキッドマン、クールビューティーのイメージだから、頭の中が軽いオンナってのも作品の最初の方にそうしたセンスだったからイメージが合わない気もしたけど、彼女がまず注目されたガスヴァンサントの作品もそうしたキャラだったので、そうした中で人の好さも醸し出される、そのアクト、そして真実性、上手いなと唸った。けど、よくよく考えれば、彼女が演じる役はいつも、そうした役か野心がある役かクールビューティーばかりであり、限られてはいる。


あさひなぐと 三度目の殺人を観たとなると、オレにしては珍しいチョイスだと指摘されたが、なるほど。いろいろ観なきゃ。だいたい映画はひとりで行くけど、人の意見を取り入れ人と行った方が偏ったものにならなくてなるし、なにより映画館で観ようとするかもしれない。ホラーはどんなに頼まれても行かなかったけれど、今度から耳栓とアイマスク持参ででも行くことにしよう。


テーマパークにお友達と行っても、ジェットコースター系のアトラクションに乗るのは断固拒否して、コースターに乗車している皆に向かって下から手を振り昭和のお父さんのように振る舞い、集団行動にKYを振りまいてる私だけれど、一晩経つと『ムーラン・ルージュ』の視聴覚的ジェットコースター感度、オモシロかったなと思えてくる。

『ヒューゴの不思議な発明』と同じように、『ムーラン・ルージュ』もまた映画の黎明期の頃の巴里が描かれるが、チャップリンがその映画作家性を確立した『巴里の女性』のころから巴里はいまだ変わらず亜米利加の憧れなのだろう。しかし、歴史の上には時間の変化はあるもの。ベルエポックが描かれようとも、刻々と闘士となった落ちぶれの内なる真実、その人間的内面や状況としての不条理を綴るスコセッシと違って、バズ・ラーマンはなにも掘り下げない。彼はリュミエールの初心忘れるべからず、ムーヴそのものを表す。純映画運動のように、連続映画、ブルーバード映画をまるごとミックスし、反写実的にムーヴそのものを表すのである。表象性も換喩的なものもなく、ただただ、その動きに、秘めたるラブのアラベスクを行う。そこが凄かった。


1 2

コメント

mixiユーザー

ログインしてコメントを確認・投稿する

<2017年10月>
日 月 火 水 木 金 土
1234567
891011121314
15161718192021
22232425262728
293031    

最近の日記

もっと見る