なかなかヴァルダとリヴェットを見始めれないと思ったら、パソコン壊れ、そのうち、ジャームッシュとリンクレイターに関心もつ。けど、これらもまた観ようと思っても、なかなか始められない。インディーズといえば、アメリカでは昔は彼らであった。スラッカーに、ストレンジャー、皆がアプローズであった。
なにげない黄昏れた日常から精神史としてのイストワールに変化してきているのは、彼のフィルモグラフィーを追っていくと、ナットクできるものである。主観性がつよくなってきているのかな。
なかなかヴァルダとリヴェットを見始めれないと思ったら、パソコン壊れ、そのうち、ジャームッシュとリンクレイターに関心もつ。けど、これらもまた観ようと思っても、なかなか始められない。インディーズといえば、アメリカでは昔は彼らであった。スラッカーに、ストレンジャー、皆がアプローズであった。
あの名作『バッド・チューニング』へのマッシグラな回帰か。日常会話の中に眠るフィロソフィーって感じが彼のテクストから常に感じられるものであるが、彼のおバカはいつもアメリカンしているから皆から好かれるのかも。
ふ〜む、ジャームッシュとリンクレイターってコメディだったんだな。特にジャームッシュは当時は難しい映画だと勘違いしていた。少なくともヴィスコンティでもベルトルッチでもない。ブロークン・フラワーズでは、なぜビル・マーレイ?と思ったけれど、最初から、パーマネント・ヴァケーションのチャーリー・パーカーから、そうであったのである。コメディってより、もっと細かに言えば、コント。ホント、リンクレイターのビフォア三部作も実は、メオト漫才だったのかも、とそう思えるのでもある。
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