ディーノ・デ・ラウレンティスの英語のウィキには『バラキ』がのっていない。『バーバレラ』と『セルピコ』の間になければならないのに。『バラキ』と『セルピコ』は彼のキャリアにおいても映画史的にも大事な実録もののはず。『コーサノストラ』はロージであるがゆえ『バラキ』や『ゴッドファーザー』のようなものではない。と思って観たら、その路線だった。ロージもあの商業的な流れがあったからつくれたのかな。あるいは、流れにのっかったプロデューサーの意見と彼の考え、意見が合ったのかもしれない。大作『ゴッドファーザー』を境にそれまでの“アメリカ”批判のニューハリウッドは終わりを告げ、同じ年の『ポセイドンアドヴェンチャー』からハリウッドは娯楽に徹していくといわれるけれど、スコセッシもいればリンチもいるし、『ディアハンター』も『地獄の黙示録』もあるし、その後もニューハリウッドに接したオーディエンスも作家の作品もいて〜ので様々な作風があるわけで、終わったとばかりは言えないと思えるけれど、76年の『スターウォーズ』、そして『ロッキー』やスタローンでもっとポジティヴに生きようぜ的なエンターテイメントへと大きく展開したと言えることはありえる。パゾリーニが亡くなったアラウンド75年、ロージもベルトルッチも詩的に私的な方向へと移ったような気もする。あんな事件が起これば誰でもビビる。ロージやベルトルッチ彼らが精神をソウルフルに表したいと思っていたとしても、多くのプロデューサーはビビってそうしたものから離れるだろう。マフィアが世界にイデオロギーおちょくりはもうよそうと号令をかけたのだろうか。日本では77年の深作作北陸代理戦争が終わってもまだあるけれど、びびたる本数は世界共通のような気がする。その後のなにも忘れちゃおーぜ的な痛快エンターテイメント作品群、世界経済好景気が関係しているだけだとは思えぬ、なーんちゃって。
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