☆エピソード6.
*クーパーはアメリカン視聴者が感嘆する形で、正義と誠実性を表す。友愛からはじまるこのエピソード、若者たちの冒険が始まるかの如くである。なかなかよい。このエピソードには明智小五郎と少年探偵団みたいな感じが出てるけど、葦なるエモーションはさらに絡み伸びてもいる。クーパーたちが片目のジャックへの潜入へ開始を向けていくとき、高校生たちもそれぞれ謎の究明への行動を開始する、と同時に、クーパーたちが謎に深まっていくとき、ジェームズとドナたち、そしてオードリーはそれぞれ別のとこで謎を解明していきながらと同時に、ボビーも含めた彼ら高校生たちはYOUTHを加速させてもいく。このYOUTHの加速はリンチらしくもあり、『ツイン・ピークス』においても大事な部分なのであろう。若い彼らも含めた全ての登場人物たちにより、ツイン・ピークスの絡み伸びる葦なるエモーション、その形態はアンフォルムに成されてゆく。九官鳥やマデリーンがかける電話によって声の喪失が表され、また九官鳥が真似るローラやマデリーンが成るローラにより我々がその正体を知りながらも実存に至るゴーストは立ち現れ、感じられるはずのエモーションはその感覚を麻痺させ、ミステリーが満ちていく。
☆エピソード7.
*ジャコビーの目にディゾルーヴするルーレットはクルクルと眩暈を起こさせる。このエピソードにおいて、謎の深まりが感覚的に表されるのである。一方で、この1stシーズンのラスト・エピソード、愛の再生、というか、愛の取り戻しもまた表される。だが、ルーシーの妊娠とアンディの動揺、ネイディーンを抱き上げるエド、チャンスをくれと言った後のノーマとハンクのキス、キャサリンを助けに向かうピート、と不確かな形で愛は表される。謎は残されたままに、関係性は眩暈を生む。ジャックを殺す狂ったリーランドにもそれは表されている。確かさをあらわさない虚の姿が、トランプを纏ったオードリーが見る鏡に映る父の姿に表される。愛は歪にその姿を表している。「愛の招待状」が映るテレビ・モニターは、不確かなものをインサートさせ続けていた。Kiss Kiss Bang Bangどうなる、クーパー!?
おもしろいな、ツイン・ピークス♬
追記(は今回(2026年)再見しての追加記載)
*このエピソードでシーズン1は終わる。シーズン1はセンセーショナルな話題に。3か月ほど経ちシーズン2が当時1990年ごろ始まる。
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