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2026年03月17日17:18

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『スプリング・ブレイカーズ』覚え書き


*『スプリング・ブレイカーズ』 (Spring Breakers  2012) 購入したので観る。おもしろかった。ブノワデビエの撮影するカラフルなイマージュは逆に鬱を引き出すのかな。アメリカンの孤独感はコリンにフィットしており、それを引き出すのにデビエの映像は貢献している。

*セレーナゴメスは『エミリア・ペレス』ではビッチをアクトするが、本作品ではまだディズニーチャンネル出身のイメージを保つためかグッドガール(良い子)している。ナレーションや状況を見る視点として彼女が前半をけん引する主体性となる。

*セレーナゴメスは前半をけん引する主体性となるも、スプリング・ブレイクはこんなはずじゃなかったと凹み途中で離脱。そこから後半、ジェームズフランコのハードボイルドな孤独の主体性へと軸が変わる。カラフルがメランコリーを強度にする。

*カラフルがメランコリーを強度にするも、遂には気分がブルーから抜け出すのは最初からずっと終始ハイな気分の女の子たちである。前半最初の方、セレーナゴメスはカレッジの学友かなにかの女の子からあの女の子たちは頭がおかしいから一緒にスプリングブレイクはよしときな、とか言われるも、セレーナは幼稚園から知っている、優しい子よ、と反発する。

*ハリウッドの倫理的には、度が過ぎる遊びをするヤングぺーポ―は殺される、といった13日の金曜日のルールなど本作品にはなく、度が過ぎるのも甚だしいプレイをする女の子たちがホントウにスプリング・ブレイクを満喫する。大人は眉をしかめるだろうけれど、コリンはハリウッドの法則をなんのそのと逸脱してみせる。いびつだけれど、これが素直なフェアリーテールなのであろう。そして女の子たちに重なるのは、ドラッグでアタマんなかがブヨンブヨンになった子、というよりも(いろんなおクスリを服用するコリン的にはそれも含意しているのかもしれないが)その後のコリンの、日本では配給がインポッシブルな作品たち―”Aggro Dr1ft ”と”Baby Invasion”―から察するに、ゲーム実況やVRやアニメ、様々なイマージュを身体化しているイマドキノオンナノコの(ヴィクトリーというよりかは)あるがまま、なのかな、となる。



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