アラブの春以降はよく分からんけれど、民衆が己(オノレ)で民主政権を勝ち取ったのはフランスと韓国だけだとよく言われるけれど、フランス革命とマリーアントワネットの首ちょん切られはレキシに関心ないヒトでも知っていると思うけれど、私的にフランスに関心あるから、ルイ14世あたりから調べてみるとあれこれけっこうおもしろいな、となる。
ルイ14世は親政(国王がじかに政治をつかさどる体制)を行いその時代(国王在位は1643年から1715年、と歴代第一位)、文化や経済が繫栄し彼は太陽王と呼ばれたけれど、デュマの「三銃士」やそこに登場するリシュリュー 枢機卿ってルイ14世より前、彼が王位に就く直前の時代だったんだな、へー、となり、
ルイ14世のあと、15世と16世(マリーアントワネットのご主人。もちろん彼も首ちょん切られ)と、意外と早く、てか、短い期間にルイの時代も終わったのか、となり、へー、となり、ルイ14世の時代ってけっこう近現代に近いのか、となり、なるほどそこらはデカルトとかパスカルとかが登場した時代、神ではなく人間を軸に置きだした時代、その後、
フランス革命(1789年)のあと、ナポレオンが自由と平等をかかげ人々市民は彼に信奉する。でも彼も失墜。フランス革命、ナポレオンの時代を経て、再び、1814年にルイ18世で王政が復活、それはナポレオンの暴れぶりで荒廃したヨーロッパの秩序を安定させるべく民主運動をおさえること謳ったウィーン体制があったから、だとか、でもルイ18世、民主派に配慮し立憲君主制を保証したりヴェルサイユ宮殿には住まずナポレオンが住んでいた公邸に住んだりとか民衆の眼を気にし配慮したり、
兄ルイ18世の後に王となったシャルル10世は反動(政治用語で一切の改革や革新に反対する姿勢)政治を行ったり、で、市民がまた怒りシントー、巴里で暴れだしフランス7月革命(1830年)、王政再びぽしゃり、ウィーン体制で構築した正統主義(権威者が治世するといったイズム)も崩壊のきざし、
オルレアン公ルイ・フィリップが議会によって国王に擁立されルイ・フィリップ1世となり、革命の精神に忠実な市民王になると彼自身が宣言するも、ブルジョワばかりを優遇しゴーマンかまし、またもや労働者は巴里で大暴れ、パリ市民が蜂起のフランス2月革命(1848年)、
ナポレオン1世の威光を帯びたルイ=ナポレオン・ボナパルトが大統領に当選、フランス第二共和政(1848-1852年)が始まるも、各層の広範な支持を得て権力を掌握し1852年に皇帝に即位、ナポレオン3世となり第二帝政が始まる。この第二帝政(1852年〜1870年)、その後のフランスの安定を基礎づけた重要な時期とみなされ、経済的には繁栄し、パリではオペラ座の建設や主要道路の設置など、現在のパリの景観を形づくる。
ナポレオン3世、戦争でも成果を得るも、普仏戦争で降伏し捕虜となり、パリ市民が蜂起しパリ市庁舎で帝政の廃棄と共和制の樹立を宣言、フランス第三共和政(1870年〜1940年)が始まる。この時代はロマン主義は衰退していたけれど、フランス革命の頃は旺盛であり、ロマン主義とナショナリズムと市民としての芽生えは互いに影響し合うと言われるけれど、ナポレオン3世の失墜は外交的成功がダメになると市民が怒り出すといった縮図が関係することアピールするのであった。
フランス第三共和政は第二次大戦にドイツに侵略されるまで70年続くけれど、様々なあれこれあってんだな、で、戦後は再び共和政。たしか今は第五共和政ではなかったかな。フランス革命後、民主派、王党派、社会主義者、それにナポレオン信奉派といろいろぶつかり合い、平等の名のもと岐路を進んでいった。なんだかフランスおもしろい。今でもデモが多いのは、オノレの力で自由と平等を勝ち取った自負か。されど安定しない不条理はいつも続く。だからドラマがありロマンがある。
さて、今宵は、トランプはナポレオンにはなれないけれどナポレオン3世を指針にしてるのではないか、現行のシステムを崩壊させバロンをプリンスに擁立するつもりなのではないか、と、陰謀論を酒の肴に酒を呑むとするか。アメリカの行政システムも三権分立もそんなことで壊れるヤワなものであるわけないが、、いつ何事が起こるか分からないのが、特に今の世の中、オキオツケアレ
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