☆恋するシャンソン (原題:On connaît la chanson英題:Same Old Song 1997)
*前に観ての再見。クラゲが思い出されるもほとんど忘れてる。というか全部。でも、も一回観たいという、なにか欲求もあり購入。
*デカルト、パスカルからーのモンテスキューやルソーの(ロートレアモンにもバタイユにもアルトーにもフーコーにも分散しない、あくまでも大衆が共有する一般的)理性だけではなく、デモ好き或いはすまして気取ってるイメージだけれどホントはコメディが大好きなフランス人の内にあるモリエールの大衆性、カフェから人間査察し自己愛を探求するラ・ロシュフコーらモラリスト的思考、ユゴーやバルザックの人間愛、と様々なフランスが凝縮する都市パリは何故にパリなのか、を考察する作品。
*ヒトラーのパリ破壊の命令を抗うことを考えるドイツはコルティッツ将軍からーの現代の巴里への移行、からーの、恋愛喜劇には、歌を歌うかのような器のように人間は表され、唯物論者的アランレネのポジションを確認させる。器とはいえ、そこには生があり関係性がある。
*大団円となる新居のパーリーでのクラゲの意味がよく分からなくとも今回も印象に残る。ホワンホワンとした流れに生まれるものか、或いは、古代から変わらぬものがSame Old Songとして人間のエモーションないし人間そのものとして表されているのか。
*ラストの姉妹のパパが言うセリフ、思い出せないけれどどこかで聴いたことある思い出の歌たち、この記憶のテーマはレネの普遍的なポジションを表している。人間という記憶。
*パリジャンやパリジェンヌの人生。華やかな巴里。人生は愉しいこともいっぱい、でも同じぐらい神経症になることも山積み。セラヴィな記憶は語り継がれる歌と同じように世界を気ままに漂流しながら生きている。
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