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2025年01月25日08:48

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週プロ流智美あの日あの時予想2024年総括(19)

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第340戦、5月15日発売号●【予想】みんな大好き!春のクラップ祭り�ッ�木、史上最大の混戦を制しワールド・リーグ戦2連覇、第2回ワールド・リーグ戦優勝決定戦、猪木vsキラー・カール・クラップ(75年5月16日日大講堂)【正解】IWGP予選開始に大インパクトを及ぼした戸口参戦、タイガー戸口の全日本プロレス離脱が発覚(81年)

※参考 2019年5月15日発売号は●【予想】大木、日本で7年ぶりに念願のインター王座防衛戦、インターナショナル選手権試合、大木金太郎vsジョー・ルダック(80年国際プロレス大宮スケートセンター)【正解】因縁の日から1年! 長州とホーガンが最後の一騎打ち、長州力vsハルク・ホーガン(84年新日本プロレス熊本市体育館)この時点での対戦成績は85戦17勝68敗、勝率200。2013年5月15日発売号はIWGP中盤の山場、“欧州代表”前田がカネックに快勝!IWGP決勝リーグ戦、前田明vsカネック(83年新日本プロレス後楽園ホール)

【予想解説】75年新日本プロレス「第2回ワールド・リーグ戦」最終戦5月16日日大講堂での優勝決定戦は史上最大の大混戦になりました

公式戦1位は13勝1敗1分13.5点のクラップ。負けは山本小鉄の回転エビ固めに丸め込まれたのと大木と両者リングアウト。 

公式戦同点2位は大木、クラップに負けてストロング小林と時間切れ引き分けの猪木、猪木、クラップに負け、S小林と時間切れ引き分けの坂口征二、クラップに負け、猪木、坂口と時間切れ引き分け、スーパー・デストロイヤーと両者リングアウトのS小林、坂口、S小林に負け、クラップと両者リングアウトの大木の4選手が12.5点で並び、4者による決勝進出者決定トーナメントが行われることになりました。

組合わせについては坂口vs大木戦の「私闘」の際に作られたマスコミ識者による試合監視委員会が決めることになりましたが5月15日大阪府立体育会館のメインイベント終了後、大木が報道陣の前に現れ、「高松(5月9日)では俺は負けたと思っていない。明日の決勝トーナメントは坂口とやらせて欲しい」とアピール。坂口も「挑戦されて逃げる理由はない。もうゴチャゴチャ言わせないように叩きのめしてやる」と受けて立ちました。

これにより当日は決勝進出者決定トーナメント第1試合が猪木vsS小林、第2試合が坂口vs大木、第3試合が第1試合の勝者vs第2試合の勝者。

第3試合の勝者が公式戦1位のクラップとメインイベントで優勝決定戦を行う、という僅か1点差で物凄いハンディキャップとなり、2位の選手は最大3試合勝たないと優勝出来ないということなります。

1位のクラップは高見の見物で、優勝決定戦に出てくるまでにスタミナを消耗した選手を叩き潰せば優勝ということでクラップ断然有利は動かし難い事実。果たして正味45分弱のテレビ生中継で最後まで試合を放送出来るのか?

午後8時からの「ワールドプロレスリング」生中継は猪木vsS小林戦の開始3分経過あたりからスタート。S小林は手四つの力比べに誘い込もうとしますが、これは猪木が嫌い、フロントヘッドロックからクルッとバックに回る。S小林も猪木の左腕を固めにいきますがこれは猪木が一回転して逃げました。

S小林はスリーパー・ホールドで猪木のスタミナを奪っていきましたが、猪木は得意のグラウンドで圧倒、猪木は強烈なバックエルボーからフルネルソンにいきますがこれはS小林は力で返していきます。5分経過。

S小林はヘッドロック狙い、しかし猪木はスルリと抜けると足を取ってテイクダウンさせて倒し、ダブル・レッグロックから弓矢固め(ボーアンドアロー・バックブリーカー)の仕掛け。S小林は持ち上げられまいとして、ロープを掴んで逃げました。

S小林はベアハッグで反撃、グイグイと絞め上げてから、コーナーマットに叩きつける。そこからコーナーマットに詰めてのショルダー・タックルの連発からボディに強烈なエルボー、猪木の上体がガクッと崩れました。10分経過。

S小林は猪木を担ぎ上げるとハイアングルのアトミック・ドロップからフォールの体勢へ。猪木はカウント2でクリア、S小林は猪木を足蹴にして場外へ落とし、上がってきたところをハイアングルのシュミット式バックブリーカーから再びフォール。15分経過。

猪木はブリッジして肩を上げましがS小林はニースタンプ、猪木の背中を膝で固定してのチンロック。猪木はロープに逃れてからコブラツイストはS小林が腰を落として防御、猪木の場外でのバックドロップは共倒れとなりました。

先にリングに上がったのは猪木。エプロンに上がってきたS小林をブレーンバスターで投げてから勝負を賭けた卍固め。S小林は前74年12月12日、蔵前国技館での2度目の対戦の時、下にしゃがみ込むような感じで外しており、対卍固め対策は十分。

S小林は前回同様、卍固めを掛けられながら重心を下にして定石通り外しにかかりました。しかし優勝への執念は猪木の方が上。前屈みの体勢になることを読んでいた猪木は卍固めを身体を回転させてグラウンドへ移行、S小林の「卍固め外し」を読んでのグラウンド卍固め、流石にグラウンドに移行されたらS小林は自力で外すことは出来ず。両肩がついてしまいカウント3。20分22秒、猪木がグラウンド卍固めによるフォール勝ちでS小林を破り、トーナメントを勝ち上がりました。

敗れたS小林はサバサバした表情で観客に一例、両手を広げてジャンプする得意のポーズを決めてからリングを降りました。

続いて決勝進出者決定トーナメント第2試合、坂口と大木の今リーグ戦3度目の遺恨試合。

大木は白地に赤の縁取りで背中に原爆の「きのこ雲」をあしらったガウンで入場、坂口は青地に波をあしらったガウンで入場。坂口は気負っている感じ。ゴング前のボディチェックの際、大木がヘッドバットの先制攻撃、大木のヘッドバットの連打で坂口は場外に転落。ここで試合開始のゴング!

坂口は大木の頭突きの奇襲攻撃で左目の上から流血。怒った坂口はリングに上がると大木に突進、逆水平チョップからニーリフト、今度は坂口が大木を場外に落として放送席の机に額を一撃、マイクで大木の頭部を殴りつけました。大木もヘッドバットの連発で応戦、本部席になだれ込んでの激闘。レフェリーのミスター高橋は場外カウントを数え、2分33秒、両者リングアウトの裁定が下りました。リングに上がった坂口は椅子で大木の石頭を一撃しましたが、後の祭り…。

しかし、これはワールド・リーグ戦の決勝進出者を決める大事なトーナメント。高橋レフェリーは試合監視委員会の座っていた席まで行って延長戦を行うか否か、ジャッジメントを仰ぎました。

試合監視委員会は「これは試合ではない。喧嘩だ」として「没収試合の上、両者失格」という判定を降しています。坂口は前年の第1回は猪木との巴戦の最中にクラップ、ジ・インベーダー(ビル・ドロモ)に乱入されて襲撃を受け、出血多量でドクターストップによる棄権、この年は失格と2年連続の無念の結果となりました。

坂口は当然この結果に納得する訳もなく、大木に掴みかかっていきましたが若手が必死になって止めに入りました。坂口は悔しさのあまりリング上で男泣き。

決勝進出者決定トーナメント第2試合の坂口vs大木戦が両者失格となった為、第1試合の勝者である猪木が繰り上がり、クラップとの優勝決定戦となりました。

クラップに取っては猪木が1試合余計に闘わずに優勝決定戦に出てきたのは誤算だったかも知れませんがそれでも猪木はS小林と20分の激闘を展開した疲労があり、体力面では絶対有利。

早く勝負を決めてしまおうと先制攻撃、猪木を場外に落とすとストンピング、本部席の机に叩きつけていきます。クラップは猪木がリングに上がって来る度に場外に落として上がり際をストンピングで踏みつけていきました。

ニードロップから頭蓋骨絞め(ブレーンクロー)で絞め上げる。猪木は疲れは隠せず動きに精彩がありません。猪木守勢のままテレビ生中継は放送時間が終了。

この試合、クラップが猪木を場外に落とすのは5回目、クラップは猪木をヘッドロックに捕らえて鉄柱にぶつけようとしたところ、猪木にかわされ、クラップは鉄柱にぶつかり、額から流血。

先にリングに上がった猪木はロープ越しのブレーンバスターでクラップを投げ捨てると卍固め。下になりながらもがくクラップ、猪木はグラウンド卍固めに持ち込みました。16分42秒、クラップはついにギブアップ、猪木は1日にS小林、クラップという強敵を連破して2連覇を達成しています。

【正解解説】81年5月12日、全日本プロレス第3の男「野性の虎」タイガー戸口が韓国遠征(5月5日、ソウル市奨忠体育館で大木金太郎と復活アジア・ヘビー級王座決定戦を行い敗戦)を途中で切り上げて日本に帰国。

5月14日「東京スポーツ」の取材に応じた戸口は全日本プロレスを退団、フリーになり新日本プロレスのIWGPに参戦表明を果たしています。
 
5月8日川崎市体育館でのアブドーラ・ザ・ブッチャー新日本プロレス参戦表明に次いで、日本プロレス界に激震が起こりました。

キム・ドクとして大木との韓国師弟コンビで馬場&鶴田組からインターナショナル・タッグ王座を2度に亘り獲得。鶴田のUNヘビー級王座に2度挑戦し2度とも60分時間切れ引き分けの死闘を展開。

79年7月に師匠大木と訣別し全日本プロレスに入団(後年、戸口本人が明かしたところによるとキム・ドクとして外国人ヒールサイドとして闘っていた時期に既に全日本プロレスとは所属契約を交わしていたとのこと)、戸口正徳として馬場、鶴田とタッグを結成、8月からはリングネームをタイガー戸口に改め、全日本プロレス「第3の男」のポジションに収まりました。

藤波辰巳、長州力が台頭してくる前の新日本プロレスでのストロング小林と同様、「第3の男」というのはどうしても損な役回りとなり、やはり馬場、鶴田の引き立て役、トップ外国人相手のジョバーにならなくてはならないことが多く、全日本プロレス正規軍となってからの戸口は鳴かず飛ばずでした。

全日本プロレス離脱直前のシリーズとなった「第9回チャンピオン・カーニバル」では6位でしたがこれはブッチャー、ブルーザー・ブロディ、ジャック・ブリスコの3選手が同点の18点で並んだ為の6位で、得点は17点、2位の鶴田とは僅か2点差で悪くありません。

負けは馬場、ブッチャー、ブロディ、ブリスコ、鶴田と時間切れ引き分けで13戦8勝4敗1時間切れ引き分け、失点9の17点ですが、フォール負けはブッチャーにだけで、後はリングアウト負け。

おそらく、新日本プロレス参戦を決めていた戸口が、自分の商品価値が下がらないようにフォール負けのマッチメイクを拒んだのではないでしょうか?ザ・デストロイヤーも78年の第6回大会はリングアウト負けが多く、翌年の帰国を見据えての主張だった可能性が強いです。

それにしても戸口から「闘ってみたい相手」にS小林の名前がなかったのは最初から眼中になしか…。

ブッチャー、戸口を引き抜かれた馬場がどのように報復に出るかにファンの関心は高まっていきました。

※対戦成績は340戦56勝284敗、勝率165。みんな大好き!春のクラップ祭りは5戦5敗。

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