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2024年04月28日11:15

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メルシィ!人生


メルシィ!人生おもしろかった。マイヨーの本だったかな、ジャンギャバンから始まるフランソワのフィアンセたちを語る。フランソワとはドラクロワのあの民衆を導く自由の女神に描かれる女神のことで、彼女に相応しい男優たちを紐解きながらの(男優論ではなく)フランスの近代映画史であり社会史であり、ギャバンに続きジャンマレー、ジェラールフィリップ、ドロンとベベル、がいたフランス映画史・社会史がその著書で分析される。ドロンとベベルを引き継ぐフィアンセはジェラール・ドパルデュー。そしてその後、、、彼に代わる後進のアクターはなかなか出てこないようである。ダニエル・オートゥイユは素晴らしいアクターであるが、ドパルデューから代わることができず彼も歳をとってしまった、と書かれている。そんなツイていない男性であるが、そのようなツイていない男性を本作ではオートゥイユが演じる(註1)。ドパルデューが共演だ。フェリーニ風音楽やブレイクエドワーズとスタンリードーネン風音楽を散りばめ50〜60年代のハリウッドやフランス映画風のエスプリを漂わせる。なにがあってもツイていないも黄金期ならではなコメディ的センスの想起。過去の憧憬だけではなく今も言及される。ゲイであることを偽ること描かれ、そこで社会の目も分析され、さすがフランス映画、現実直視は真正面から向き合っている(註2)。往年の映画よろしく、主人公にも前向き志向が芽生えてくる。世の中に対する志向が無意識にも変化をするのである。オートゥイユはオートゥイユらしく、そこはかとない微妙な変化を醸し出すこと上手く表現する。脇に回るドパルデュー、マッチョの典型的思考を表しアルアルと思わせ笑わさてくる。奇人の晩餐会は未見だけれど、フランシス・ヴェベールに触れるのは初めてではない。Mr.レディMr.マダムの脚本であり、3人の逃亡者の監督・脚本である。思えばこの頃、ルコントやコリーヌ・セロー等のフランス勢のペーソス・コメディが世界的に賑わっているな、となる。


註1:  その後に続くフィアンセ候補としてマチュー・アマルリックとロマン・デュリスが言及されている。アマルリックは素晴らしいが、パリジャンすぎて消費社会すぎていまひとつ大衆性に欠ける、と書かれている。私的に、デプレシャンでの彼のイメージがあるから、なるほど、となり、その後の世界的な進出においても、なるほど、そんな感じ、となる。彼に比してデュリスは芸も役柄の幅が広いと書かれるも、EU型であり、フランスに限られるセンスではない、と書かれている。

註2: リストラを回避するため引っ越してきたばかりの隣人(註3)のアドヴァイスによりゲイと偽る。オートゥイユが僕はゲイのふりはできない、どういった仕草をするかも分からない、すぐにまわりにバレる、と言うと、隣人は、君はいつものようにしがないリーマンを今までと同じようにやっていればいい、他人の眼の方が変わる、と言う。

註3: その隣人はゲイであり、その昔そのことにより会社をクビにされた経験がある。



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