アイネクライネナハトムジークおもしろかった。どちらもほのぼの系だけれど、沖田修一はキツツキと雨と横道世之介の2作品だけしか観ていないからまだよく分からないけれど、ヒューマニズムの押しつけに少々思えるからか、バイオリズムが合わないのか、ピンとまだ来ていないけれど、今泉作品はついつい最後まで追っちゃうのは、気負いなく観れるからか、バイオリズムがあってるからか、となるも、思えば、それもあるけどそれだけではなく、他の作品もだいたいそうだと思うけれど、「縁」がいつも表されていて、その縁がどうなっているのかと金田一耕助のようにその縁を手繰り寄せようと、そうした感じもあって、追っちゃうんだろうな。こんな夜更けにバナナでの三浦春馬がよかったってこともあって観るが、岡田将生に比べて最近は陰が薄いなとは思っていたけれど、それはきっとバラエティやテレビドラマでの露出度だけで感じていたのだろう。今頃になって、その死が惜しまれてしまう。スナフキンのようだけれどさすらいではないストリート・ミュージシャンの和義がトリックスターとして配置され、オープニングタイトルの前のシークエンス、劇的でないいつもの日常が表され、劇的な出会いを求める人々が表され、貫地谷はそれを射止め、三浦はまだ待っている、というのが表され、やがて、そうした出会いというモメントも大事だけれど、それよりも熟成というプロセスがより大事、そして待つではなく、自らが劇的になることが語られしおん。プロポーズの応え、ラッドウィンプスの歌みたいな応え方するのが、おもしろく、なんだか可愛かった。
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