時をかける少女おもしろかった。トモヨンが煙を吸いこみコロリとなるように、当時の若人はこの作品でトモヨンにコロリとなったと聞くが、当時は観なかったので知世マジックにひっかかることはなかった。けど、今頃マジックにひっかかってしまっている。こうした丁寧語の女の子はジブリ初期に影響を与えたのかな。ジブリの少女たちの丁寧な言葉遣いは苦手で、タメ口で喋ろよと思ったけれど、最近はこうした丁寧語にひっかかってしまっている。罪つくりな少女だ。そして罪つくりは高柳良一も同じこと。ラベンダーと歌の想い出づくりで、ゴローちゃんとの過去の傷も吹っ飛んで、永遠のスカーをスカッと爽やかに心に響かせる。なんかラスト、心に潜在化してしまった無意識のおかげで、彼女はこのまま、時間はやってくると信じたまま、オールドミスになっていくのではと心配してしまう。
デジャブが続く前、醤油屋での出来事が細かく描かれる。デジャブが長く続く前の前フリのようでもあるけれど、さびしんぼうや転校生よりもテンポをおとして柔らかにおとなしやかに雰囲気を生んでいる。HOUSEのビジュアルなブットビに比して、この作品は不気味な雰囲気も懐かしさと同じように丁寧にしっとりとうながし、入江たか子と上原謙宅にはミステリアスながらも情緒を感じさせてくれるもの漂わす。スキー旅行の電車の中での、真ん中以外は白黒のジェルを貼ったのか、そうしたカメラアイや、教室や醤油屋の露台でのカラーから褐色に変化する色彩、時間は過去も未来も現在に縮約すること証てみせる。知ってるものと知らないものがいつも混在するモメントがいつも側にいてくれる。だから、懐かしさと未知は手を添えあって人にエモーションを産ませてくれるのだろう。ムーヴとはそのようなものか。スティルショットの尾道が美しかった。
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