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2021年08月27日23:03

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アマデウス


アマデウスおもしろかった。カッコーの巣の上でで、この作品はチェコ弾圧も表されているのかの問いにミロスフォアマンは、いや「人間」をただ描きたかっただけだと答えたとのこと、なんて素敵な言葉なんだと思った。あの作品観たら、人間がただ描かれていることが分かる。けど、アマデウスを観ると、チェコにいた頃に感じた自身もカッコーにやはり相対化してたんじゃないか、というのも、この作品アマデウスは、アメリカに移り住んだ彼が見て感じたことが出ているかのように思えたからである。もとの戯曲がどういったものか分からないが、この作品は、ただ人間を描きたいにしては、とても表象性が強いセンスである。サリエリが懺悔、というより愛憎の告白を始める。誰が聴いてもモーツアルトの曲が共鳴するように、サリエリの愛憎のエモーションに共鳴するかのようにアマデウスの曲が鳴り響く。リバティを表すかのようなアマデウス、そして彼の妻が恥じるでなく楽しみかのように裸になるあたり、まるでフォアマンが感じる彼を囲むアメリカという背徳が表されるかのようであり、サリエリがアマデウスの部屋をウォーターゲートした後は、自由の場所にはびこる疑心暗鬼がリバティを閉ざすかのような、歴史上いたるところに見られるアメリカが表されているかのよう。されど、天才はブルドーザーのように前に進むだけであり、蹴散らしてしまう。ロックオペラのようにも感じられるアマデウスであるが、きらびやかなステージも満載である。父の死後の壁を壊して現れる黒い巨人は、闇の形をしたイデオロギーのようであり、それはその社会の父性的存在かもしれないし、オーディエンスそれぞれの解釈に委ねられるイデオロギー、あるいは強迫観念めいたなにか。サリエリがアシストするレクイエム、アマデウスの謎を解きながら、理解を示し、そして、理解をしようとするあたり、リバティが創り上げようとするレクイエムに、アメリカの進む方向が示唆されているかのよう。ちょっと記号的解釈すぎるかな。


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