パフューム ある人殺しの物語において、愛=美という普遍性が表される、というか、それって普遍性ではなく、愛=真=美、的なギリシャ文明経由のクリスチャリティな指向性であろう。イデアを求めるとき、あの超人がその本質に出会うところは、人間の愚かさへの失望か。香りが導いたものはそのことなのか。小説では娘の父親の愚かさが詳細に述べられているようであるが、映画ではそうでもなかったし、ハンニバルされるところもセルフサクリファイス的であり、逆にキリストな感じがしてしまったが、ラストの雫は、むしろ嘆きとして彼の一生は成就されていたのか、、。そこら考えれば、クラウドアトラスで同じウィショー演じる青年もまた、肉体的と精神的の差異あれど、プラトニックラヴに成就している。純粋を通す。
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