13年2度目の大日本プロレス横浜文化体育館大会は年末ではなく11月4日月曜日振替休日に「BIG JAPAN DEATH VEGAS」(観衆1,329人発表)として開催されました。この年は2回共に横浜文体を満員には出来ず…。
メインイベントはBJW認定デスマッチ・ヘビー級選手権試合〜カルチャー・オブ・デス〜ユニオンプロレス同士の一戦、王者石川修司に木高イサミが挑戦。
王者石川修は前回の5月5日の横浜文体大会で伊東竜二を降し2度目の防衛を果たした後は6月30日、後楽園ホールで竹田誠志、8月25日、名古屋クラブダイヤモンドホールで「黒天使」沼澤邪鬼を破り4度の防衛を果たしていました。
体格的には二階級位違う両者ですが、真っ向勝負を展開、17分56秒、イサミが勇足・斬(トラースキック)でまさに「小よく大を制す」片エビ固めでフォール勝ち。イサミがデスマッチ・ヘビー級王座初戴冠。宮本裕向(666)との「ヤンキー二丁拳銃」でずっと宮本の後塵を拝していたところようやく並ぶことが出来ました。
セミファイナルはBJW認定世界ストロング・ヘビー級選手権試合、王者、関本大介に新団体WRESTLE−1の近藤修司が挑戦。これより2年前の11年より大日本プロレスと提携し選手を興行に貸し出して来た全日本プロレスですが、12年にオーナーとなった白石伸生と武藤敬司が対立。13年6月末付をもって、武藤と武藤派閥だったカズ・ハヤシ、近藤、河野真幸、真田聖也(SANADA)、KAI、大和ヒロシ、浜亮太、中之上靖文らが全日本プロレスを退団し新団体WRESTLE−1を設立、新日本プロレスを離れていた金本浩二、ブードゥー・マーダーズとしてフリー参戦していた田中稔らも参戦、9月8日、JCBホール(TDCホール)で旗揚げ興行を行っており、大日本とも継続して提携していました。
王者関本は前回の5月5日、横浜文体大会で大森隆男(全日本プロレス)を撃破してからは6月30日に河上隆一、7月26日に忍(666)、8月27日に円華(新納刃、フリー)(以上後楽園ホール)、10月14日、札幌テイセンホールで高岩竜一(フリー)を撃破して防衛記録を7回とかさねていました。
ジュニア・ヘビー級とは言え、強力なパワーファイターである近藤ですが関本のパワーが上回り、15分34秒、ジャーマン・スープレックスホールドで近藤を降して8度目の防衛を果たしました。
大日本vsWRESTLE−1、河上&橋本和樹組vs金本&中之上組のタッグマッチは若手の中に一人だけ47歳の大ベテラン金本が入りましたが、若い和樹とバチバチやり合う喧嘩マッチに。試合は15分42秒、河上が中之上をスカーレット・フロウジョンからの片エビ固めで破り大日本がWRESTLE-1を制しましたが和樹と金本は試合後も激しい睨み合いを見せ遺恨を残しました。
ビーフォールトレス・ジャンキーズvsドラゴン&平成極道“デスマッチ番外地“蛍光灯メガアイテム&有刺鉄線ボード6人タッグ・デスマッチ、沼澤&竹田&塚本拓海組に伊東&星野勘九郎&稲葉雅人(フリー)組の一戦は15分38秒に伊東がドラゴン・スプラッシュからの体固めで塚本を破り、ドラゴン&平成極道の勝利。デスマッチタイトル戦線から一歩引いていた伊東はバックバナーとして団体を問わずデスマッチ部門の若手の底上げを担っていました。
WNC所属ながら大日本デスマッチ部門に志願した高橋匡哉デスマッチ七番勝負第5戦、宮本との蛍光灯300本&ガラスボードデスマッチは12分33秒、宮本がムーンサルト・プレスWith蛍光灯からの片エビ固めで勝利。高橋は5戦して5敗。
ストロングBJトライアングルバウト�渓誕任燭譴神仞鄂弧蕕伐�林裕二のシングルマッチは15分20秒、三脚巴(変形卍固め)で石川の勝ち。第1試合の円華&忍組vsツバサ&HUB組は10分39秒、猛毒波布空爆(フライング・ボディプレス)からの片エビ固めでHUBの勝利。HUBはスペル・デメキンとして大阪プロレスでデビュー、ヒールターンしゴアに改名、スペル・デルフィンと共に沖縄プロレス旗揚げに参加、怪人ハブ男としてヒールサイドのエースとして活躍していましたので、やはり実力が一枚も二枚も上でした。
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