マクドナー、映画もやってるのかとスリービルボードを数年前に観たが、印象が深く残っている。ビューティ・クイーン・オブ・リーナンがとても衝撃的であった。マクドナーは時代の寵児となった。あの血なまぐさはラストの衝撃性として表され印象付け、そういった意味で、徴があったけれど、やはりそうか、とその意味合い、この最初の映画作品を観て思う。数多あるアクションでの銃撃戦、人が死んでいくのがワクワク感を与えるのと違って、たぶん、マックイーンのブリットもイーストウッドのブリットもその一弾一弾が意味あるものだろう(タランティーノに関しては分からん)と、この作品を観ながら思った。マクドナーの他の作品、ヒットマンズレクイエム、セヴンサイコパスも観たくなる。師匠は実験映画も網羅していたけれど、プログラムピクチャーにもとても精通していた。
モルモットをユーモラスにまず表し、それからいろんな動物もユーモア的に表し、それは徴として潜在化させ、まとめるのは印象的。
ミゾんセン的にイマジナリーラインがしょうしょうメチャクチャなとこも印象的。
親を刺したりとか子供を刺したりとか、最近やたらあるが、それもこれで考えたりさせられる。
あと〜、子供を持たなかった親と親を持った子供、というか、それよりもっと普遍的な親子の会話があるのかな。空いてそうなのに別の席に行けばいいのに、わざわざは、指定席なのかな?
ヒットマンズレクイエム
セヴンサイコパス
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