『翼のない天使』
ロージーオドネル、ロバートロッジア、デニスリアリーとキャストされてるからけっこう大きなプロダクションとして製作されてる。スピルバーグ、ゼメキス、コロンバスのアンブリン勢やジョンヒューズに表されるようなアンダースコアの付け方、エイティーズナインティーズの雰囲気をもつファミリー向け映画のフォルム。おじいちゃんの死をきっかけに少年は神の実存を考えていく。あの世とつながる仮の世界である学校、そこは少年が触れ合える場所。彼は友情をはぐくみ、悲惨なニュースに触れたり愛と出会ったり、そのプロセスで神の奇蹟と遭遇していく。未知との遭遇は真理の探究を育む。雪が神の奇蹟に例えられる。理屈で考えるのではなく心に届くもの、心に響くもの、そして触れるもの。親友が倒れているのを発見するシークエンス、なぜ逆回転に動かしたのかなと不思議に思っていたら、偶然ではなくミラクルであったことを表すためにそう表現されていたのか。気配や現象の表現はこの後の作品で研ぎ澄まされていくが、この作品にも表されており、十八番の死との出会いが覚醒させること、勘が鋭く感受性の強い子供が他者の存在を通じて己の存在、他者の苦悩を知り、他者に愛を与えることを知ること、外に出ていくことができることはこの作品で十二分に表されている。
『Π』
クリントマンセルの音楽がソー クール。謙虚さをなくし猛進混迷する主人公のカッコよさが表される。ヒュージャックマンと同じように、彼は世界という謎と対峙するモンクである。世界に対する文句はリア充していない彼にとっては、あってありまくる世の中に違いない。社会と断絶して、彼は世界の謎を突き止めようとする。もうひとりのコーエンは言葉から数学を紐解くが、主人公のコーエンは216の数字で神の名のもと探求する。彼はロゴスを知る。彼は世界を知ることができるのである。あらゆる数式、数列が表される。世界がデザインされている。彼は電動ドリルで世界を壊す。最後の笑みは解放されてことによる笑みなのか、それとも沈黙の賢者の笑みなのか。この作品も十八番が揃っている。身体の痛みと精神の法悦が、アロノフスキー独特のモンタージュで成される。苦行的な昇華は試練を得て根源へと至る。世代間の反駁が在りながらも、世代間に有るテレパシー的伝授がこの世界には在る。未知の力を持つ主人公は罪を受け入れ世界を許すことができる。愛はそこに生まれている。彼の少女に向けた笑みがそれを記す。生は開示され、オブセスされた謎は殉教する。生きてることの情熱、その根源が表される。
ログインしてコメントを確認・投稿する