mixiユーザー(id:2566286)

2018年12月08日21:27

105 view

M★A★S★H マッシュ


『M★A★S★H マッシュ』
  映画は支配する道具機構と化した歴史に反抗する。その後にも有りまくるアルトマン的映像とアルトマン的なオムニバスな語り口であるが、人物の心情をドラマ的に組み立てるストラクチャー- 例えば、トラッパーがフランクの彼のオペの腕が悪いにも関わらず人を死なせると他人や神のせいにしてしまうことに怒って殴る → ホークアイが青い目をギラつかせてフランクを挑発して殴らせる → 拘束服を着せられたフランクが軍のジープで運ばれのを、トラッパーとホークアイはしっかりと見届ける、そして見届けた後テントに入る -は、のちの偶然性を有するアルトマンとは違ったものがある。ボナンザやコンバットを手掛けたアルトマンの演出術をこの作品は伝えてくれる。されど、心情的因果性はテレビ仕立てぽくとも、当時も現代ものテレビドラマが表現することなかれの、アルトマンしかできないストラクチャーである。彼らしい空気感である。また、後の長回しとは違った短いショットの繋ぎなど、斬新である。
  ドラマ性に沿ったストラクチャーにおいて、ウェスタンより脈々と語り継がれるマッチョがマッシュに在ること表される。伝統が表される。良くも悪くも“アメリカ”が表されるのである。男性中心の世界があること、そしてシステムに対して常に毒を吐きまくる、ドライ・マティーニの威厳があることは揺るぎないアメリカの姿なのであり、と同時に『M★A★S★H マッシュ』にあるアンチの見せつけは、レッドパージにも怯むことなく意思を指し示すリング・ラードナーJr.の労が確かに表されている。映画は支配する道具機構と化した歴史に反抗する。根源はそこにおいて発見されなければならない。




0 0

コメント

mixiユーザー

ログインしてコメントを確認・投稿する

<2018年12月>
日 月 火 水 木 金 土
      1
2345678
9101112131415
16171819202122
23242526272829
3031     

最近の日記

もっと見る