他の黒澤作品や今井正の『真昼の暗黒』や小林正樹の『切腹』や山田洋次の『霧の旗』やヤマサツの『白い巨塔』や岡本喜八の『日本のいちばん長い日』、そして『私は貝になりたい』と同様、『悪い奴ほどよく眠る』に表されるもの、それは利用される者の悲劇や汚職者の不正の摘発、社会悪への怒り、ということ以上に、理不尽にして不可避に突きつけられるもの、それが橋本忍の言わんとすることにある。人間は耐え忍ぶ。運命に翻弄されるのではなく、それが生きるということだ。生きる知恵はそこに生まれる。公権力に対する憤りに身を震わせていた若松の理論付け方向性を足立が担ったように、橋本は黒澤のロマンティシズムにソシアリズムな深さを与える。三船が鳴らす口笛はMの悲劇を印象付ける。悲劇はダブリューに起こる。情念が引き起こすもの、社会が引き起こすもの、それらは紙一重に違うもの。人間というトポスで、Wの悲劇は交錯する。森雅之が今後とも宜しくお願いします、と電話向こうの政治家と我々オーディエンスに向かって挨拶する。処女ゲバゲバと同様に、この作品もまた、当時も現在も日本人の構造はなんら変わることないこと、告げている。
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