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2018年05月30日12:57

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ゴッドファーザー PART III


Iのアメリカンニューシネマ的感性、IIのドキュメンタリー感覚に比しIIIは仰々しいオペラ形式的造形美といった最初の印象に比べれば、今回の『ゴッドファーザー PART III』はナチュラルさを以前より感じる。が、それはそうであるものの、やはりなにか造形物的なものは思ってしまう。造形美への執着は『ワン・フロム・ザ・ハート』では序章的なものがあっても、このIIIから次の『ドラキュラ』、そしてその後の作品群には顕著に見定められる。また、近作数作に表される「死」というテーマはこのIIIから強く表され始められているの見えてくる。テクスト全体的にみれば、コッポラを一躍注目させた学生映画『大人になれば…』からずっと、成長や変化といった生成が彼の常に向ける関心に思える。また、IとIIとIIIにおいて、形式は違えど、孤独と光と陰は常に表されるものであり、マーロンブランドの目を陰で隠すのはゴードンウィリスのアイデアかもしれないが、そのアイデアに向かわせたのはコッポラであるがゆえ、孤独と光と陰はずっと最近作まで表され続けられているのだと認識。パチーノ、さすがシェークスピア役者としても凄いヒトであるから、IとIIの頃と違って、造形美的なものにフィットする仰々しさがある。彼のこの作品の全体像を理解し意図した演技プランなのであろう。最終盤の声にならない叫びは、常に印象的。同じマイケルには見えなくても、当時のコッポラにとってマイケルコルレオーネはそういう人物像であるのだろう。IとIIのマイケルの方が好感を持てるが、役者パチーノを味わうのなら、この作品のマイケルだと思える。また、ソフィアは親バカでキャストされたのかと昔はみえたのだけれど、今回みれば、新鮮なるもの放っていて驚かされる。

あ〜あと『ゴッドファーザー PART III』、IIまでのインターカットも全体的にもサスペンスタッチであったが、この作品はミステリータッチである。プロットのプロセスの盛り上がりはないが、人間はなんてミステリアスなものだというコッポラの人間観死生観が出ている。『羊たちの沈黙』はサスペンススリラータッチだったけれど、90年代のはサスペンスタッチのストラクチャーから脱し概して、スコセッシもアルトマンも、そうした傾向にあったように思えるけど、コッポラのIIIもまたそういうものがある。




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