最初観たときはこれみよがしの映画愛に、なにも新しさを感じなかった。今回はなにかオモシロさを感じた。
『ドッグヴィル』と同じように構造をスケルトンにアピールする、ホーリーモーリー!『ホーリー・モーターズ』、シネマは動きであり、実存であり、マシーンであり、真実であり、フェイクなリアルである。醜ではなく、総じて美の追求。ファンシーなるロマンが追い求められる。アイ亜夢亜シネマとも言わんとするカラックス/アレックスのリアルライフが、オスカーにより記憶される。記録のリプレゼンテーション、今此処に飛び込んでくる。
映画館で観たときは映像がデジタルデジタルしていて、なんだかチープに感じたけれど、今回は映画館のスクリーンよりも、ディスプレイでの映像が瞬時に目に飛び込んできて画像の隅々が見られることにより、オモシロさ感じられる。ハルフォスターが言うような、未来からやってくるアヴァンガルド、でもかなりオーソドックスなアヴァンガルドであり、ヒッチコックやブニュエルの方がやはりもちろんとばかりに尖っている。されど、もしかしたら亡くなってしまうかもしれないシネマ、それへの愛が顕され充たされている。芸事をやる主人公には、あのアヴァンガリスト、チャップリンはライムライトの面影も重なる。
絵画でもなくスカルプチャーでもなく演劇でもなく音楽でもなく舞踏でもなく、馬でもなくストーブでもなくテーマパークでもなく水でもなく火でもない、映画そのものに向き合ってんだ、とレオスカラックスとラースフォントリアーに、その姿勢になにか感銘するものあり。
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