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2017年11月13日22:57

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ノーランとアロノフスキーとマテリアルワールド



我々がインテリジェントデザインにモノ化している時代、偉大なる知性は、我々を救済するメシアとして求められている。ノーランとアロノフスキーが描くメシアは、スピルバーグとイーストウッドに表される選ばれし者とは違う。そこには父性的存在ないしリーダーの成長もアンチ社会に生れる主人公像も表されることはない。偶然性においてバランスを崩してしまう自己や傷ついている自我の克服が、メシアの姿に表されるのである。瓦礫のなか現在的なイコンには、劇場空間の深い闇で、現代人の脆さと英雄の崩落が希求されている。


我々が視て聴き感じるものには、モノを切り裂き剥し、受肉の精神が宿る自身の姿が対峙される。我々は畏怖される我々自身を見て聞き感じるのである。

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