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2017年09月19日15:25

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美女と野獣、ブローニュの森の貴婦人たち



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◆『美女と野獣』
   昼夜二元性や愛は人を美しくも醜くもさせるというテーマが陰陽道的に、或いは倫理的に表わされるが、それもまたリヴェットやドゥミに影響を与えたであろう。はうえゔぁー、そうしたテーマよりも、シネマというテクニークや街や都市をマジックリアリズムにヘンゲさせ劇場空間に饗応させることこそが、リヴェットやドゥミにインフルエンシャルなもの与えた、そう思われる愛しき作品である。
  また、人間性もまたそのラブ、めいびーべいびー、リヴェットとドゥミの構造に影響を与えている。ここに表わされるベルとビーストの愛もとても大事なものだけれど、コクトー的BLにおいては、ジャン・マレーによって肉体化されたビーストとアブナンがとてもキーとなるものを表わしているのでR。ビーストの誠実性と野生、その美醜二元性は、アブナンが表わすヒューマニティーの複雑性において、作品をディープなる瞬き、与えるものとなる。二元性をヒューマニティーによって更に深み表わす。そのこと、2元4元8元16元と複雑なる人間性や関係性を掘り下げていくストラクチャーに見てとらせる。ドゥミとリヴェットのテクスト、それらには、その万華鏡の如きなインフルエンス、確かに感じられるものがR。


◆『ブローニュの森の貴婦人たち』
  リヴェットやドゥミのジェネレーションには大事な作品というだけではなく、ドゥミ的には彼が映画をはじめるキッカケを生んだ作品らしく、それ意識して観る。ドゥミ的において、彼が感動したカメラのムーヴメント、カルネでもオフュルスでもなく何故にブレッソンなのかとも思って観ていると、逆に、ブレッソンらしさ気付かせてくれる作品となる。これまではそれ以後のブレッソンとは毛色が違うなと思っていた本作であるが、この作品やはり確かに、ブレッソン的であること確かにあるある分かってくる、そしてその訳とは、フレームのなかにおける登場人物や事物の配置、ここぞというときに表わされるややトラックインされるショット、そこに見られる厳格性はまさにブレッソンらしさであり、破滅と慈愛、そして救済もまた、まさに、まさかのブレッソン印であったのである。
  リヴェットとドゥミ的にどう影響を与えられたのか観ていくと、心の襞のたぐり寄せ、という糸の在り方、それは運命的なものではなく感情的なものあるもの意図した表現、それによって深みあるストラクチャー造形していること、彼らに与えた影響を感じえる。様々な登場人物の絡み合い、それは人間模様というよりは、万華鏡という映像的なもの、それがエモーションのムーヴを生んでいるのである。まさにリヴェット印、ドゥミ印にインフルエンシャルしてらっしゃる。また、パラダイム的に言える時代も影響あるある。血気盛んであればあるほど若人は時代に翻弄されてしまうが、マリア・カザレスの古典的イデオロギーに対峙するエレーヌに表わされるもの、そこにリヴェットやドゥミのこの時代性における共有意識が反映されているのであり、やがて『パリはわれらのもの』や『ローラ』にそのコンシャスネス表わされることとなるであろう。



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