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2017年05月25日00:12

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エターナル・サンシャイン


『エターナル・サンシャイン』久しぶりに観てのザッとしたインプレッション
  ゴンドリーもカウフマンも非形相であるフォルムや深層と表層のストラクチャーに関心があるのだろうけれど、カウフマンが主体を超えたシニフィアンや言語活動を生み出すジェノ・テクスト、或いはエス(イド)といったものに関心あるのに対して、ゴンドリーは彼のテクストを考えると、地続きとなる夢の欲動- 主観/客観的に表されるものとムーヴ -、と、その思考/志向性の生産活動- 恋愛睡眠のショーやムードインディゴのタイプライター -にインタレストしている。そうした彼の表現的関心は、言語とは全くもって別の次元での、イラストレーションや絵なるものであろう、それゆえ、シルク℃ソレイユに言葉に括れない躍動を起こすのである。
  グリッドの動き、その編集能力もロゴスたらしめないものであり、リミックスではなくイラストレーション、部分はブブン自由気ままにアサンブラージュする。ジムキャリーという素材は、人の良さのなかに露骨にジャックニコルソンすることなくして狂気をコラージュしている。彼は悲哀を表現できる。メランコリックに情緒不安定なウィンスレットと、イラストレーション的にアンサンブルが素晴らしい。とてもコミュニケーションできている。彼女は狂気に気品をもたらす。ジェニファージェイソンリーやクロエセヴィニーが髪の毛ヴァイオレットにすればNYにパンキッシュだけれど、ヴァイオレットのケイトウィンスレットは欧羅巴的にフレンチッシュする。キャリーとの相性、他の化けもん俳優たち、スパイダーマンにキルスティンダルスト、ハルクにラファロ、指輪物語的にイライジャウッド、バットマン的にトムウィルキンソンともに素敵なアンサンブル。因みに髪の毛ヴァイオレット、上沼恵美子であれば大阪のオバちゃんであり、クロエモレッツになるとイリノイにシカゴする。
  何度目かの観賞でありその後を知っているから、初盤のふたりの出会いはなんとなく切ない。惹かれ合うマジックよりも、切なさをとても感じてしまう。だがきっと、マジックと切なさのふたつがあるから、冬のイマージュにもマッドサイエンスにも、そしてキルスティンダルストのインタレストな過去にも、オーディエンスのこゝろ寄り添えることできるのであろう。ゴンドリーがテクストで多用するハンドヘルド、この作品には他の作品以上に効果的だ。いくつかの階層のリアルをイコールにストロークさせる。映画的、というより、まだMV的。されどやはり、これってシネマ的でもある。カメラアイ、ゴダール的にディスクーる、常にムーヴする。ゴンドリーのソン/イマージュはスパイクジョーンズのようにプロットに依存することなく、シナリオが生み出すリズムに上手くミゾンセンする。カウフマンが生み出すストラクチャー、誰とでも寝る女だ、が引き金になるところ、それが終盤、引き戻され再び日常としての着地点となる。誰しもの経験、誰しもの汚点や尊ぶべき感情、誰しもの隠すことのできないヒカリ。
  エターナルサンシャイン、日常における愚痴や不満、悲劇性、優しさ、哀しさ、喜び、そして楽園、それらエモーションがイラストレートされる。誰にも侵犯できないふたりの世界があり、それ故に躍動する。我々は劇場に顕されるヒカリに、コミュニケートする。

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