『インサイド・ルーウィン・デイヴィス 名もなき男の歌』
おもしろかったな、インサイドルーウィンデイヴィス♪
或る男がいたという歌詞から始まるフォークソングのような作品である。自分の目的に邁進し、人生に他にあるものをシャットダウンする。同時に、人生の他のものからもシャットダウン、けっきょくのところ、男は偶然の人生で、それしかできない。退路を切らずとも、それしかやれないのである。
猫が慈悲のカケラとして表される。
ファックユーやチクショーと言う奴は、人生にファックされている。ファックな日々は続いても、必ず朝はやってくる。新しい夜明け、ディランが歌う。
あばよ、というラストのセリフは迷信のお祓いっぽいけれど、ジョングッドマンが脅かす言葉もまんざら嘘ではない。
スコセッシが表す強迫観念とは違うけれど、コーエンズにおいてはやはり、人生は不条理に充ちている。偶然の人生、それはロングショットの遠景にいる人々に表される。なにをしているか分からないまわりが在る世界に、人はポツンと生きている。
だから、コーエンズはこうしたロングショットが多いのか。
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