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2016年09月24日00:13

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『フェリーニのローマ』と『銀河』



『フェリーニのローマ』と『銀河』
  私の記憶が正しければ、ふたつの作品を観ながら思い出したことは、フェリーニとブニュエルは娼館が表わされることが多いのと同時に、アンチ キリスト教もまたよく表わされていることである。娼婦性においては、少々退廃的なスパイスはありつつもラテンの血が騒ぐぜ的な陽気なエロティシズムである。同じラテン系でも、ヴィスコンティのアンニュイとは違っている。アンチ聖性は、フェリーニは近代化するキリスト教に対するものであり、ブニュエルは近代社会、というより、西欧世界のベースになる基督に対する批判、いわば理性批判として表わされている。さすがシュルレアリストである。フェリーニの場合は、彼のインタビューにはよくユングが飛び出してくるけれど、集団的無意識に関心があるのかな。
  チャールズ・ブランケットからI・A・L・ダイアモンドへと共同執筆者をチェンジするビリー・ワイルダーのテクストなみに、『魂のジュリエッタ』以前と『サテリコン』以降とは、フェリーニには大きな変化がある。トゥリオ・ピネッリらからベルナルディーノ・ザッポーニへの変化は、ブニュエルがずっとやってきているような、夢や深層心理の炙り出しがザッポーニとの共同作業では表わされているかのようだ。物語ることをやめ、いいことも悪いことも、酸いも甘いも噛み締めたノスタルジアが映像に写し出されるかの如し。一方、『昼顔』、『銀河』、『自由の幻想』、『ブルジョワジーの秘かな愉しみ』、『欲望のあいまいな対象』と、ジャン=クロード・カリエールを得てのブニュエルの共同作業はまさに、I・A・L・ダイアモンドを得た後のワイルダーのようにユーモアが満載となる。
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