『フック』
『フック』久しぶりに観ておもしろかった。さいしょ観たときはロビンウィリアムスに違和感あったし、いま観ても、ジュラシックパークのひとつ前の作品なのに、SFXはクリストファーリーブのスーパーマンレヴェルなんだけれど(逆に言えば、スピルバーグが好きなディズニーのメリーポピンズを彷彿とさせるけど)、やはりドラマ的に感動。スピルバーグやはりよい。
ジョンヒューズが台頭していたエイティーズの雰囲気がまだ、ここにはある。あのメガネのロビンウィリアムズがクリスコロンバスにとって、ハリーポッターの想像の源になったのであろうか。マギースミスの起用は『フック』があったからだろうか。
『許されざる者』におけるハックマンの起用は、彼の元ルームメイトであったダスティンホフマンが『フック』でキャストされたことに対抗して行われたという説や、『ダーティハリー』が興行成績が『フレンチコネクション』に負けたから、その復讐のためにイーストウッドがハックマンをやっつけるために行われたという説があるが、どちらも間違いであろう。なぜなら、そのどちらも私の自説であるからである。
フックという“存在”はジョーズと同様に、危険でありながら夢を与えるという、スピルバーグらしい創造である。ホームへとランを通して、主人公をはじめとした登場人物たちの、未来への眼差しは過去への憧憬とやがて交わってゆく。誰しもを助けるために飛び込むキャプラのダイブと、誰しもを受け入れるフォードのハグが、勇気として表わされる。そして、スピルバーグのスペクタクルには彼ならではしか語り得ないもの、映画ならではの退行は、勇気は童心によって在ること、メッセージする。
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