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2016年08月07日08:36

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J・エドガー



  『J・エドガー』において、エドガーはライターに彼の半生を語る。己のみのイストワールを綴っている。彼にとっては真実であること。イストワールに綴られるものは、コンプレックスにより「男」として生きることが出来なかったというより、ひとりの「人」としてその真実を生きたことなのである。我々は彼を通して孤独を見るのではなく、ヒューマンとしての彼を見る。エドガーは盗聴をすることにより彼自身の利権を保守したフィクサーというより、アメリカという症状を引き受けた「アメリカ人」だと言える。それは『アメリカン・スナイパー』や『グラン・トリノ』の主人公や、イーストウッドの西部劇の男たち、そして『ミスティック・リバー』の3人の友人たちにも同様に表わされる。
  ところで、まんざら嘘でもないようでホントでもないようなその人物にとっての真実が綴られることは『許されざる者』のイングリッシュ・ボブにも表わされるが、銃の腕前は凄いけどそれを取り上げられてしまいズタズタにされる彼には、イーストウッドを隔世遺伝的に育てた『用心棒』(と勿論、直系の『荒野の用心棒』もである)が反映される。ハックマン保安官がハリスをズタボロにするのは、“自由”或いは“平等と不可分のもの”というアメリカ市民が持つ権利を剥奪しかねない君主制イギリスに対する報復にも、いま思えば、そう感じたりもする。そうでありながらも、保安官にはアメリカンが無意識にも(或いはパーフェクトに意識的に)もっている処女性や貴婦人性を崇め娼婦性を蔑視するセンスも在る。そしてそれは、エドガーがフツーに持つ感覚なのでもある。彼にはジェファーソン以来の“誠実なアメリカ人”が表わされている。



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