『マディソン郡の橋』
アンブリンとマルパソがオープニングクレジットに表わされたけれど、スピルバーグとイーストウッドのタッグなのか。
中盤、フランチェスカがロバートの写真を見て、これは写真でなく物語だと言う。イーストウッドは常にイストワールを表わす。その物語=歴史は、その人が描き出されるものであり、真実を目の当たりにする対象として触覚される。日常から離れたいと言うドキドキはフランチェスカだけが持ち合わせているものではないのであり、ロバートもまた、そのことを雨のなかの真心に表わす。思い出が思い出と重なり合うとき見えてくる、生というもの。イーストウッドは彼のイストワールに、思い出(記憶)とは大切なものと、多くの映画作品で言われていることを表わしながらも、それと同時に、ライフ イズ ミステリアスを常に描き続けている。
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