『世界にひとつのプレイブック』以前観たときは思ったほどよくはなく、先日は泥酔の状態でベロベロで観たので途中から気持ち悪くなり、とにかく長く感じたけど、本日見直すと、なかなかよかった。思えば、ラッセルのテクストはスパンキングザモンキーのときから通過儀礼のハナシである。男性主人公は、小説のようなのっぴきならない世の中を嘆きながらもそこにロマンを求める。そして、現実を受け入れることができない。女性主人公はヒトと結びつきを求めながらも理屈ぽいのか、なかなか叶わない翼の折れた天使である。ある意味、スパンキングザモンキーのときから同じである。『アメリカの災難』も『スリーキングス』も通過儀礼的であった。主人公はいつもそんな感じではなかったか。『アメリカン・ハッスル』は少し違ってきているかな。新作のJoyはどんな感じだろう。カメラワークがどんどんスコセッシみたいになってきている気がする。そしてイザベラロッセリーニとテンガロンハットの男、とてもリンチっぽい。うひょー。『世界にひとつのプレイブック』、ストリートでキスをするふたり、早いトラックバックショットよかった。
ログインしてコメントを確認・投稿する