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2016年02月20日12:47

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ふたりにクギづけ と トロピック・サンダー その3

  忘却のフラグメントが表わされる。上から指示される「全体性」に入り込むことない個でもなく、全体主義に対する疑問を付す個でもなく、皆で歴史を組み立てる細胞として在る個でもない。彼らは歴史を構成する者たちではない。バブリーなのに不安の波がパスティーシュする。統一的過去をつくることは不可能であり、にも関わらず、或いは、であるがゆえ、記号が押し寄せる。
  世紀の終わり、終末論が囁かれると人は神にしがみつく。とても多くのアメリカンはアダムとイヴに回帰する。


  BTW神の問題においてである。
  神がいるかいないか、もしいないならば、存在とは何ぞや?的フィロソフィカルな視点で言えば、精神哲学で言えば“それ”はいる、内在する、超越者に内在されている、、強くは表現してなしでも、それがベンスティラーの考えのように思える。神はスピリットなのであり、それを持つ者は大地のなかで自身を超え出る。ショーンペンもトムクルーズも神的人物だが神ではない。主人公を修練へと向かわせる。スピリットは内在され発揮される。外在するものは事象だけであり、主人公はただただ不条理に対峙し、友愛のために立ち向かう。友愛は感傷なのではない。気持ちを分かち合うことだ。
  ファレリーズにおいては、毎日の日常がマトモであれば主はいる、そんなスタンスであろう。実存哲学がまだ神のいるなしを真剣に考えていればの、哲学のハナシではあるが。ニーチェをひきあいに出さなくとも、或いは、カミュの太陽の下のムラムラを言わなくても、神ではなく人間なのであり、神なんかいないなんて誰でも分かるだろう?でも、そう問屋がおろさないのがウェスタンカルチャーなのである。都市もスモールタウンも関係なく、フツーにして普通に在る。『新・三バカ大将 ザ・ムービー』において、イライラしていたりイジワルをする尼僧は鐘にクラッシュされる。神はいるのであり、総ての者たちは神の創造物たるクリーチャーなのである。

  理性批判、というより、理性擁護が表わされる。まわりの世界を警鐘する。他者の外の者である我々は、我々自身の他者をみる。ファレリー兄弟において、見捨てられた者たちにヒカリが当てられるではなく、本質そのものが表わされる。ヒューマニズムではなく人間性の本質が表わされるのである。世界の存在は語られなくても、本質は自ずと表わされる。人は愛に育まれ、そのトポスを生きる。社会の外に置かれないネイチャー(本質=自然)であり、知である本能だ。見過ごし見ようとはしない、都市にもスモールタウンにも有るネイチャーは、愛に必ずに育まれる。
  理性は人間の記憶にある。ベンスティラーにおいて、LIFE誌のフォトもハリウッド映画もその写真性、偶然が汲み取られたものであるのではなく、人間という不思議にして身近にあるスピリットによって生まれる記憶である。記憶が見つける身近な存在が有るのであり、そうした存在がスピリットを持つ我々の姿、忘れがちに未知なる存在として在る。自意識過剰なズーランダーもケーブルガイも、ウォルター・ミティと同じように自信なげで想像好き。そして、実際のところ、中身には勇気を持っている。ショーンペンもトムクルーズも主人公にスピリットを引き出し、友愛のための成功へと導く。
  ハリウッドのルールはプロテスタント的に生きているし、アメリカン理性は消えることはない。フォードが表わしたような、民が司る真の政治性は社会にある。キャプラが表わしたような、政治を司る真の大衆性は社会にある。それはアメリカ社会の根底にある正義である。大きな物語は壊れても、個人にはそれに向けた信念は有るのである。それと有機的に繋がるものとしての現在、すなわち内に当然にある外にあったものが取り入れられネイチャーになることにより、現実界的なものがファレリーズとスティラーに研ぎすまされる。
  ファレリーズとスティラーの時代は真摯さを求める。自明性が失われている時代において、自己再帰性が新たに志向されるのである。メルブルックスのパスティッシュなアイロニーとも、ジョンウォーターズの欲望するビザールとも違うコメディには、前提とされる正義を内にありながら外にあったものをナチュラルに取り入れることをトライする“姿勢”がある。その姿勢は、どう世界を見るかのカタチを与えている。未完成の人間はフツーに有りながらも新しいカタチを形成する。
  社会の外に置かれないネイチャーがある。テクストを生むフラグメントがある。歴史ではなくテクストであり、出来事(偶然)の織り成しに私たちは生きている。神もクリーチャーも、アホも超越者も、そして映画それ自身も、織り成しに生きている。織り成しがあるから、人間は生き愛が育まれる。人は理性に生きる。未完と断章の物語に生きている。その物語自体が我々人間なのである。






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