誠しなやかに指先しやかに不果実だが、いくぶん知ってるつもりのハイデガーのアイデアをくすねて、、もとい、援用して、研究なり作品なりにそのアイデアを活かそうとして、「きみー、それはハイデガーじゃないか?」と指摘されても、へー、ハイデガーも同じこと考えているのですね、とうそぶこうと、かつて友人と笑って話したことあるけれど、まことしやかに指先しなやかに、最近考えていたことがなんとも、先ほどその存在を知ったバディウというヒトの考えと似ているなと驚いたりする。あいかわらずロマンティストでも、スコセッシ/リンチからゴダール/パゾリーニへと関心をうつすときロマン主義を否定しだす最近であるが、しかしながら、そうしたバディウ的な考え、あるいは、彼の弟子のメイヤスーのセカイに根拠はないや偶然は必然であるは、哲学や芸術学を少々かじると、自明視するものにどうのこうの言うこと、当然の帰結なのかなと気付き自画自賛する。すなわち、いたってフツーなのであった。
どちらにしても、バディウはちょいと気になる。明日まで関心があればと思う。
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