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2015年10月28日23:59

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スカイトロジー XII



  カサヴェテスが壊れゆく女に表わすような分裂する自己は近代からの賜物、彼女と同じような1900のドミニクサンダは近代が生んだ女神、あのノスタルジックな場所から去ることは必然なのである。そして現在、キューブリックがPALの危険性で表わしたような、サイエンスを内面化したヒューマンはもはやどこもかしこにも生きている。同時に、それへの反抗も潜在する。
  なにをもって“新しい人間”というか分からないが、スコセッシとリンチ、彼ららしからぬテクストと言われる『ヒューゴの不思議な発明』と『ストレイト・ストーリー』はそれぞれ子供と老人が主人公だが、そこにふたりの違いが表わされていると思われる。ふたりは伝統とサイエンスに自己分裂する人間を描く代表選手であるとは思われても、子供には新しい価値観への志向性、老人には伝統への想いが表わされるように、違いがある。勿論、スコセッシは古い価値観をアナーキーにぶっ壊せと言っているだけなのでもないし、リンチは新しいことなんかいらないんじゃね?と現実への回帰を祈っているわけだけでもない。サイエンスも生活を豊かにするだけでなくこれまでの価値観をヒカリに照らしアナライズするところもあるし、伝統はなにも制度によって馴化させるものばかりなのではなく長い歴史のなかで淘汰され人間に合ったものとして育まれたものもあるはずだし、よいところもあればわるいところもどちらにもあるのであり、だから、伝統とサイエンスに自己分裂するコンテンポラリーヒューマンが古今東西にいるのである。
  カルトにしてポピュラーな彼らの代表作『タクシードライバー』と『ブルーベルベット』にも彼らの、そして時代性の傾向がうかがわれよう。70年代はまだ急進的なところが受け入れられたのであり、ヴェトナムや都市社会に切れまくるトラヴィスはその時代にフィットするし、80年代は経済に結び付いたサイエンスがバブリーに猛威をふるったのであり、だからJスチュワート的な善人ジェフリーは際立つのである。ジェフリーだけでなくクーパー捜査官も、トラヴィスだけでなくヘンリーヒルも、終盤になるとき支離滅裂性が露となる。しかしながら、よく見なくても分かるように、彼らは映画が始まる冒頭からそうなのである。彼らはいかなる制度を批判する、というより、コンテンポラリーヒューマンの心理を叙述する。観賞者は恐いもの見たさで彼らの映画を劇場に観に来るのではなく、その真理があるからこそ、彼らはアメリカにおいてもいろんな社会においてもポピュラーになりえるのではなかろうか。鼻からギューニュー。

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