『苦役列車』(山下敦弘;2012)
スイングガールズとリンダ×3が好きなので、矢口と山下のレンタル。80年代的ベレー帽と縞模様ファッションの女の子はストライプにマスコミの話題や世田谷の出来事をカッコいい彼氏と話している。居酒屋でひとり寝ている主人公は、文学的に正論でくだをまく。彼は属せない。ドブネズミのような森山未來、風俗に行きまくったり身体丸めて煙草ぷかぷか、俗世界に属せない彼はアウトサイダー、外人なのである。
主人公とは距離があるけどどこか共鳴するもの持つ人物がアウトサイダーであり、ラストはヴィクトリーするのであり、それは『松ヶ根乱射事件』のキム兄、『天然コケッコー』の転校生、『リンダ リンダ リンダ』のソンさんに表わされたりするが、今回はマキタスポーツに勝利が表わされながらも、それは外人である主人公 北町貫多に転写される。山下敦弘の旅人はみな彼岸を旅しているかのような奴らばかり。想像の旅に出ている。
唐突にシュールレアルなヘンが山下にはいつも表わされるが、最終盤の浜からゴミへと落ちる彼の姿は、被害妄想的に堕ちるとこまで落ちるというでなく、想像的に穴に入っていくことが表わされる。そこは市川準のような市井が写し取られるものでなく、シュールレアルを捉える野生の眼に我々はいざなわれるのである。『リンダ リンダ リンダ』のゴジラの手や『夢十夜』の巨大ミミズや『リアリズムの宿』のヘンなブラジャーのように、主人公にヘンが描かれる。"ヘンなモノ、汚いもの”は実は、生活臭さであり、そうした人間臭さを受け入れることによって、写実を獲得する。主人公、そして我々は現実に埋没している。しかしそこはヘン。主人公は現実に見えるようなものに背を向け"ヘンな"幻想にも向かう。ラストショットの彼の背中が私たちにもシュールレアルを分かち合うこと託している。
敦弘テクスト、昭和枯れすすきな辛気くささなのに軽い。シラケた70年代の風情ありながらの、ロストジェネレーションは現代的な浮遊感をあらわすのである。しかしながら今回、昭和枯れすすきな辛気くささなのにポップがこのテクストである。スターを使っているからなのか。昭和枯れすすきにロストなのに、なにかプラスティック感覚がある。しかし、森山はやはり凄いのだろう、そこからどうにかディスタンスを生産する。描かれる時代はバブリーなミーイズムのエイティーズ、俗世界に属せない孤高なドブネズミは離れた場所に生きる。その時代のおしゃれ感をわずかに確かに垣間見せるのは、トラッドなさわやかボーイ高良健吾であり、生活感に溶け込みながらもそこから抜け出すことできる前田敦子である。ポップなものは健やかで爽やかで綺麗なのであるが、シュールレアルとはちがう。だから彼は、彼らから離れざるえないのである。
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