10.12 "OSUMONOGATARI" 〜絵と映像と踊りとOSMO〜
すでに始まってるショー、車道を挟んだ反対の道からドーンドーンというサウンドが響く。白河清澄は深淵なる危険地帯だ。その爆音は近所的に大丈夫なのかと思ったが、太っ腹な女将さんが経営するギャラリー、都市空間にたのもしい。ラストのパフォーマンスに間に合う。水書きグーの上に描かれる日下部の水墨画的な独創画はプロジェクターの上にも描かれかれるかのように映し出される。写し絵がサウンドとともに蜜月のなかに、小椎尾の情熱の舞いを宿らせる。小椎尾の舞い、日下部の今ここんだけに映し出されるタブロー、そしてサイケなる音は、No Order、その生命を動かしゆく。高揚は続き、止まることを知らない。ふたつのディジュリドゥとパーカッション兼キーボード、そしてギターにラッパー、それらはサイケに叫ぶ。その叫びに呼応するように、小椎尾が舞う。
様々な所作は場所に包まれ、はっきりあらわす。小椎尾の舞いはシアトリカルな仮象を表わしながらも、パッションの形象うごかしゆく。差異は静かにながらも確かにあるもの、動きとは別のものとして、内と外その形象を表わせし。姿形と内省するものは重なり或いは離れ、日下部の創作は彼女の動きを追うではなく、淡々と、或いは小椎尾がそこに合わせるように、サウンドが彼女たちの動きと共有を重ねていく。音はふたりの動きと歩調を合わせるようにその場を離れながら集積し最終盤の大団円、彼らに導かれそこにいる者たちは感情を高めるだろう。日下部が描く幾様にもある手のカタチ、因果関係をもたない相互をタッチする。小椎尾は自然な身体の表情をあらわしながら、背景にも彼女にも映る墨絵のセンス、OSMOの高揚感は空中に痕跡のこしている。
デペイズマンは多種多様なものを融合させる、というより、位相やグリッドを明確にさせ多様性をあらわすもの。生は二重にも三重にもあらわされ、音はその街にも広がっている。生のグリッドが立体として、その場所に在ったかのよう。とある娘さんがかなり酔っぱらっちゃったけれど、その供儀が決して生から離れずして在ること、そのエモーションの証しかのように思ったりもする。しかしその空間、音響とってもよかったな。街にも轟いていた。
【出演】
ライブペインティング:Taiki Kusakabe
ダンス:小椎尾久美子
音楽:OSMO
映像技術:粕谷晃司
オープニングアクト:守屋裕之
【会場】
tearoom gallery 楽庵(地下鉄清澄白河駅徒歩3分)
東京都江東区清澄3-3-23
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