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2009年01月27日22:29

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ドニゼッティ歌劇『マリア・ストゥアルダ』

1/19(月)未明0:40〜のNHK-BS2「クラシック・ロイヤルシート」で、ドニゼッティ作曲の歌劇『マリア・ストゥアルダ』が放映されました。
このオペラについては何の前知識も持っていなかったので、録画したのは、念の為程度の思いからです。ドニゼッティのオペラだから、どうせリアリティのない、能天気な軽く甘いものに違いない、そう勝手に思っていたのです。題名も聞いた事がないし。
ビデオを観たのは1/26(月)で、しばらく放っておいたのも、同じ理由からですが、これは全くの間違いでした。

まず、タイトルの”マリア・ストゥアルダ”とは誰か、から入りますが、このイタリア名は、英語で言えばメアリ・スチュアートなのでした。
エリザベス1世についての映画の感想文の中でも触れましたが、彼女はスコットランドの女王で、イングランドのエリザベスと同時代を、波乱万丈に生きた人。2人は血縁関係であり、イングランドの王位継承権を共に持っていた。いろんな場面で反目し合い(最も大きな対立は、メアリがカトリック、エリザベスが新教徒で英国教会を確立したという点)、メアリ・スチュアートはスコットランドを追われた時、やむを得ずエリザベスの下に助けを求める。しかし、エリザベスは彼女を19年幽閉し、終には斬首台に送ったのです。
(シェカール・カプールの映画『エリザベス〜ゴールデン・エージ』についての日記を参照下さい。→http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1042839904&owner_id=3341406)

このオペラは、まさにこの2人の関係を描いています。
原作は、ベートーヴェンが9番シンフォニーの4楽章で彼の詩を使った、あのフリードリヒ・シラーです。
彼の信教がどちらであったかは知りませんが、彼の一生や9番の詩を見るに、プロテスタント側であった事は間違いないと思います。
しかるに、彼は、この原作『メアリ・スチュアート』において、エリザベスよりもメアリの方に大きな共感を持っています。

史実では、エリザベスはスペイン無敵艦隊をアルマダの海戦で駆逐し、世界の制海権を握り、英国の黄金時代を築いた人物です。メアリとの関係でも、上述の通り、エリザベスが完璧に勝利した。
しかるに、シラーのように、メアリ・スチュアートの方に心を寄せる人物がかなり多いのが現実のようです。

飛び過ぎるのは承知で、澁澤龍彦の例を挙げてみましょう。
彼は著書『世界悪女物語』の中で言っています。
・・・・・・
 それから(註;ダーンリ卿ヘンリーと2度目の結婚をした事を言っている)というもの、彼女はただ自分の血潮の脈動にだけ、自分の官能と欲望の意志にだけ、ひたすら耳を傾ける女となってゆく。彼女ほど激情的な、女らしい女は世にもあるまい。メアリとくらべてみるとき、恋愛遊戯しかできないエリザベス女王は何と干からびた、とげとげしい、ヒステリカルな女性に見えることか。
 エリザベス女王が現実主義者として、つねに国家に専念すれば、メアリはロマンティストとして、つねに自分自身に専念するのである。ここに、宿命的なライヴァルであった二人の女王の性格の特徴が、あざやかに浮き彫りされる。エリザベスは女として、奔放不羈なメアリの行動をどんなにか羨望し、嫉妬の焔を燃やしつづけたことであろう。
・・・・・・
シラーのロマンティシズムと澁澤のそれは、質は懸け離れていますが、何処か水底の方で触れ合っている部分があるのかもしれません。
単に判官贔屓というのと違う心情が、世の詩人・文人に、メアリの一生に愛着を持たせるのだと思います。

エリザベスとメアリはこんな関係でありながら、結局一度も相まみえていません。お互いに避け合っていたのでしょう。
しかし、このオペラでは、レスター卿ロバート・ダドリーをもう1点として、エリザベスとメアリの三角関係を描いています。勿論シラーの作り出したフィクションです。
ロバート・ダドリーはエリザベス女王の数多い愛人の中でも、特別扱いをされた史実の人です。その彼がメアリになびき、彼女を開放すべくエリザベスに働きかけようとした事で、女王の嫉妬を買い、それがメアリの死刑の直接の原因になった、と、このオペラは物語っているのです。

作り事ではありますが、それに真実味を与えるのが音楽です。
エリザベス、メアリ、レスター卿、セシル卿、メアリの侍女達が織りなす、それぞれ異なる思いのハーモニー、その揺れ動く美しさと心に迫る様。重唱は1幕も2幕も大変素晴らしい。
また、破滅に向かって突き進むメアリのアリアの最高音の叫び。
メアリを演ずるのは、マリエルラ・デヴィーアです。
外見は歳を感じさせますが、彼女の高音は、最後に近づく程、迫真性を増し、有無を言わせぬ力で聴く者を惹き付けて放しません。
ドニゼッティの得意とするコロラトゥーラも、下手にすれば、単なる見せかけ、軽いお飾りの振り回しになるところを、デヴィーアはシリアスな悲劇に留めています。
デヴィーアは、以前、同作曲家による名作『ルチア』をDVDで観ていますが、その時は、あまり共感を覚えませんでした(→http://mixi.jp/view_diary.pl?id=518712881&owner_id=3341406)。今回の方が後年で、更にお歳を召していると思われますが、何故でしょう。
ひとつには、音楽とドラマの合体芸術としての『ルチア』に、散漫と冗長を私は感じてしまうからでしょうか。

勿論演出もものを言っているでしょう。
断頭台に上がる前のメアリの祈り、レスター卿の狂おしき惑い、回りの人々の悲しみ。舞台の中段上の台には、斧を持った大男の役人がもう待っている。
薄暗いステージの中で、メアリの服だけが、カトリックのあの赤です。
メアリの心は次第に透明度を増し、レスターや回りの人達をもなだめ、終に天国を見上げるように階段をゆっくり上がっていく。
台の上に首を乗せ、役人が斧を振り上げたところで、音楽は最高潮に達し、舞台はバサッと真っ暗になって終わります。
素晴らしいラストです。
割れるような拍手に幕の間から姿を現したデヴィーアに、更に大きなブラーヴォが投げ掛けられます。彼女の代表作として、歴史に残る名演だったと思います。人の声というものがどれ程人を感動させるか、という問題に、身を以て応えたと言って過言でないでしょう。


原作 フリードリヒ・フォン・シラー(1759-1805/独)
台本 ジュゼッペ・バルダーリ(2幕伊語)
作曲 カエターノ・ドニゼッティ(1797-1848/伊)

演出・美術・衣装 ピエール・ルイージ・ピッツィ
指揮 アントニーノ・フォグリアーニ
演奏 ミラノ・スカラ座管弦楽団
出演
マリア・ストゥアルダ マリエルラ・デヴィーア(s)
エリザベッタ(エリザベス) アンナ・カテリーナ・アントナッチ(ms)
レスター伯ロベルト フランチェスコ・メーリ(t)
セシル卿 ピエロ・テラノーヴァ(br)
ジョルジョ・タルボ シモーネ・アルベルギーニ(b)
侍女 パオラ・ガルディーナ(ms)
他
2008年1月ミラノ・スカラ座公演ライブ収録
 
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