1/23(木)、名古屋フィルハーモニー交響楽団の演奏会を聴く。
今回は定期演奏会と並行して行っている市民会館名曲シリーズの第94回、金山のフォレストホールにて。
タイトルは「和欧混淆�検遡霏綵�雄とフランス音楽」、プログラムは以下の通り。
ドビュッシー《牧神の午後への前奏曲》
矢代秋雄 ピアノ協奏曲(*)
〜休憩〜
ラヴェル《古風なメヌエット》
ドビュッシー 夜想曲より第1曲《雲》,第2曲《祭》
ラヴェル バレエ《ダフニスとクロエ》第2組曲
指揮 ロベルト・フォレス・ベセス
ピアノ 田所光之マルセル(*)
矢代秋雄(1929-76)は東京藝大研究科を卒業後、フランス政府給費留学生としてパリ国立高等音楽院でT・オーバン,メシアン他に学び、磨き抜かれた緻密なエクリチュールに裏打ちされた作品を残した英才であった。したがって、ドビュッシーとラヴェルに前後を挟まれたこのプログラムは的を射ている。
46歳の早過ぎる急逝と完璧を期す性格により、完成作品は少ない。彼がもう少し長生きをしていたら日本の音楽史はもっと豊かになっていたろう、そう思うと残念でならない。
フランス留学同期生である黛敏郎とは、志す音楽世界が全く違った。矢代の心を掴んだのはドビュッシーでありフランクだった。黛は「もう学ぶものはない」として、1年で帰国したが、矢代は丸5年フランスで学んだ。卒業作品として作った弦楽四重奏曲は、日本で初演され、毎日音楽賞の一等賞を受賞した。
矢代の生涯とこの協奏曲の内容については2021年にかなり書き込んでいるので、下のリンクからご覧頂けたらありがたい。
・「矢代秋雄の極めて独創的なピアノ協奏曲」(2021.3.3記)
https://mixi.jp/view_diary.pl?id=1978573082&owner_id=3341406
上のレポートを書くきっかけになったのは、2019年7/7に放送されたNHK-Eテレの「クラシック音楽館」N響第1910回定期演奏会で、指揮は山田和樹、ピアノは河村尚子だった。公演は同年4/19、NHKホール。
私は、それ以前に2枚組LPレコード「現代日本の三大協奏曲」で本曲を聴いている。指揮 若杉博,ピアノ 中村紘子,東京都交響楽団という組み合わせで、収録は1977年4〜7月。
この曲の初演は、あしかけ4年の歳月を費やして完成した1967年の7/10,11、同じ指揮者とピアニスト,N響によって、NHK放送センターで行われていて、LPレコードの指揮,ピアノは同じメンバーである。但し、この初演は録音と放送(同年11/5)のためのもので、公開の場での初演は、同年11/29、東京文化会館、指揮 森正,ピアノ中村紘子,N響だった。
元々この曲は「文部省芸術祭」(当時)のためにN響の委嘱で作曲され、1967年度の芸術祭奨励賞と「尾高賞」を受賞した。
こうした経緯だったので、このピアノ協奏曲を生で聴くのは、実は今回が初めてであり、期待も大きかった。
今回ピアノソロを担ったのは田所光之マルセル(1993- )。
日本人の父とフランス人の母の間に福岡県で生まれたが、国籍はフランス。
幼少期は多様な文化の中で育ち、18歳で渡仏、パリ国立高等音楽院に入学。同時期に行われたドビュッシー国際コンクールで第2位受賞。フランスに渡ると同時に彼の才能は同地で認められた。
同音楽院ピアノ科卒業後、同院修士課程修了。更にパリ・エコール=ノルマル音楽院に奨学生として入学し、磨きをかけ、数多くのコンクールで入賞した。(2023年6月卒業。)
2021年、モントリオール国際音楽コンクールでファイナリストとなり、2022年にはヴァン・クライバーン国際ピアノコンクールでジョン・ジョルダーノ審査員長特別賞、サンタンデール国際ピアノコンクール第3位受賞。
コンクールはともかく、フランス人を母にし、フランスで学んだ経歴を持つ田所光之マルセルが、今回、矢代秋雄のピアノ協奏曲を演奏するというのは、実に面白く、また宿命的な出会いのようにも感じた。
田所が小柄な指揮者のべセスとステージに現れた時には、驚いた。随分大きな身長の差で、そんなデータは何処にもないから正確な事は分からないが、おそらく190cm以上はあるのではないか。それでいて童顔で、何とアンバランスなこと。今、田所は31歳。
あるインタビューで田所は言っていた、パリ音楽院でフォルテピアノを副科で取ったのだが、鍵盤の下に脚が入らずに困った、と。
手も大きく柔軟で、1と4の指で、ドから1オクターブ上のソ迄届くそうだ。
プログラムはバロックから現代迄幅広く、且つ独創的。オーケストラ曲を自身で編曲する事もあり、その時、この手の大きさは、拾える音(声部)が多くてトクだ、と、笑い話もしていた。
自身の多様なプログラム構成について田所は、ストーリー性の追求、また、あまり演奏機会のない作曲家・曲も世の中に発信していきたいと、意欲を語っていた。
横道に逸れたが、当夜の田所の演奏は、癖がなく、理知的で精緻、それでいて冷たくはなく、音楽にはパッションもあった。
日本人の曲といっても、矢代作品は、民族的な方向を狙うというのでなく、また、1929(昭和4)年生まれで戦前派にも関わらず古さを感じさせない。そのため、64歳年下でフランス国籍の田所にも理解はしやすかったのではないか。それはおそらく指揮者のべセスにも言える事だったろうと思う。
頻繁に拍子が変わる変拍子はオーケストラの各楽器と合わせるのが難しそうだったが、聴いていてスリリングでワクワクさせられた。それは第1楽章と第3楽章で現れる、様々なモチーフが変容するカデンツァも同様であった。
第2楽章についてのみ少し書き加えると、このアダージョ・ミステリオ―ソは、C音のリズム音形を最初から最後迄オスティナートでつなぐという大きな特徴を有する。
ピアノ・ソロからそれは静かに始まり、オーケストラの様々な楽器(ティンパニを含む)で延々と続けていく。こうした手法には、ラヴェルの《ボレロ》と同じような性格がある。ラヴェルのような派手でハッタリの利いた音作り・オーケストレーションではないけれども。
このオスティナートは矢代が幼い時に、熱を出すとよく見た「恐ろしい夢の思い出」から来ているらしい。
田所は、それを緊張感もって主導し、他の楽器に引き渡し、また受け取って次第に大きな山を築いていった。
期待にたがわぬ演奏で、終ると即ホール中から大きな拍手とブラボーが沸き起こった。
田所は何度も袖から出て、笑みと伴に長い身体を折り曲げて深々と礼をした。
それでも拍手は止まらなかった。
乞われてアンコールで演奏したのは、大澤壽人(ひさと/1906-53)の《富士山》という短い曲。全く知らない作曲家の、聴いた事のない作品だった。
大澤は矢代より更に20年強前に生まれた日本人音楽家で、アメリカで学んだあと渡仏、エコール・ノルマル音楽院に入学、デュカスなどに師事した。
1936年に帰国したのちは、作曲家・指揮者として活躍。
しかし1953年に47歳で脳溢血のため急死。
矢代と同じく40歳代の若い死だったが、大澤は多作家で、交響曲を3曲、様々な楽器のための協奏曲を10曲、その他、室内楽曲、ピアノ独奏曲、歌曲、合唱曲、映画音楽も書いた。
だが、没後50年の頃、遺族宅で大澤の楽譜が発見される迄、全く忘れられた存在だった。
グリッサンドを多用したモダンで面白い曲だった。
最後に付け加えるが、当日は、演奏会が始まる前、名古屋フィルメンバーによるロビー・コンサートがあった。
出演 瀬木理央,尾高詩音里(Vn)、池村明子(Va)、加藤康徳(Vc)
曲は、加藤泰徳編《Concerto grosso remodel》。作曲家の名前は聴き洩らしたが、バロック時代の作品から、現代的な編曲を凝らしたものだった。
[参考資料]
YouTube
・矢代秋雄 ピアノ協奏曲
指揮 岩城宏之
演奏 中村紘子/N響
収録 1968.3.6/NHKホール
・ラヴェル《古風なメヌエット》
指揮 海老原光
演奏 浜松交響楽団
収録 2022.12.11/アクトシティ浜松大ホール
・同 バレエ《ダフニスとクロエ》第2組曲
指揮 ダニエル・スミス
演奏 hr響(フランクフルト放送響)
収録 2012.9.23/フランクフルト
・同
指揮 アラン・アルティノグル
演奏 同
収録 2020.2.14/同
・ドビュッシー 夜想曲より〈雲〉〈祭〉
指揮 準・メルクル
演奏 フランス国立リヨン管弦楽団
収録 ?
・同
指揮 森口真司
演奏 フライハイト交響楽団
収録 2019.7.6/すみだトリフォニーホール
ログインしてコメントを確認・投稿する